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映画『七つの会議』の感想&ネタバレ考察!野村萬斎や香川照之など、スペシャルキャストが送る、不正撲滅映画!

「会議」には「不正義」が紛れ込む。映画を観終わって私が感じたのは、日本企業が持つ独特な密室性でした。そして、その密室性にこそ、問題の根本があり、その点を見事にえぐり出していたのが『七つの会議』だったと思います。

野村萬斎香川照之など、豪華キャストの練度の高い演技力はさることながら、脚本の構成、メリハリのある演出、荘厳な美術など、あらゆる面で最高峰の邦画となっていました!

なにより、そのメッセージ性の強さに圧倒された方も多いはず。私もその一人です。現代日本社会にはびこる、企業や政府による「不正」や「隠ぺい」。先進国の中でドイツと日本は隠ぺいが多いとされていますが、なぜ隠ぺい体質が抜けないのか

『七つの会議』はこうした疑問に一定の回答を示しているように思います。それが正解か否かはわかりませんが、「働くとは何か?」、「働くことの正義とは何か?」という問いを投じたことには大きな意味があるでしょう。

今作でメガホンをとったのは、『半沢直樹』、『ルーズヴェルトゲーム』、『陸王』、『下町ロケット』など、数々の池井戸潤作品の映像化を成功に導いた福澤克雄監督。傑作とも名高い原作の『七つの会議』を、映画用のダイナミックなストーリーとして組み直し、最後まで飽きさせない展開にしていた点が素晴らしかったです。

もちろん、脚本家の丑尾健太郎李正美の存在も大きかったことでしょう。原作の連作短編としてのよさを生かしつつ、1本の大きな幹を持ったストーリーに再構築し、謎が謎を呼ぶ緻密な構成に昇華されてました。

 

映画『七つの会議』の画像
(C)2019映画「七つの会議」製作委員会

 

映画「七つの会議」オリジナル・サウンドトラック

映画「七つの会議」オリジナル・サウンドトラック

 

ちなみに、忘れがちなことですが、原作者の池井戸潤江戸川乱歩賞を受賞してプロデビューしています。江戸川乱歩賞は、ミステリー小説の新人賞。池井戸潤作品に共通するのは、人間ドラマを描きながらも、その裏側に綿密に組まれたミステリーがある点です。話の中に潜んでいるこの謎を追い求めるようにして読者はページをめくり、ページをめくるたびに謎の発見と感動の両方が押し寄せてくるのです。

優れた原作を手に取った優れたスタッフ陣の指示を受けて、これまた凄腕のキャストが演じた『七つの会議』。これが面白くならないはずがない!日本企業の闇を暴く、不正撲滅エンターテインメント作品として、ぜひとも観に行ってほしいものです。

 

私は2月2日(土)2月9日(土)の2回劇場に観に行きました。久々に、同じ映画を2回も観ましたよ。一度では拾いきれないくらい、物語上の仕掛けや、役者の演技や、日本社会へのメッセージが豊富に詰め込まれているのです。

さて、これが毒となるのか薬となるのか、現代人がどのように『七つの会議』を受け取るのか楽しみですし、今後の社会情勢を見定めるためにも、この映画は観ておくべきでしょう。

では、『七つの会議』を観て、気づいたことや思ったことをネタバレありで書いていきます。ミステリーの手法として真似したいところが多数あるので、その点にも触れられればと思います。

『七つの会議』の基本情報


映画『七つの会議』予告2

☆スタッフ

 ☆キャスト

(C)2019映画「七つの会議」製作委員会

(HPより抜粋:映画『七つの会議』公式サイト)

☆あらすじ

中堅メーカー・東京建電の営業一課で万年係長の八角民夫は、いわゆる「ぐうたら社員」。トップセールスマンで、八角の年下である課長の坂戸からは、そのなまけぶりを叱責され、営業部長・北川誠が進める結果主義の方針の下、部員たちが必死で働く中、八角はひょうひょうとした毎日を送っていた。そんなある日、社内でパワハラ騒動が問題となり、坂戸に異動処分が下される。坂戸に代わって万年二番手に甘んじてきた原島が新しい課長として一課に着任するが、そこには想像を絶する秘密と闇が隠されていた。(引用元:七つの会議 : 作品情報 - 映画.com)

『七つの会議』の魅力① 日本社会の「不正」は「会社常識>社会常識」の構図にあり!

毎年、恒例行事のように企業や政府による「不正」が発覚し、テレビでは決まり文句のようにコメンテーターたちが「コンプライアンス(法令遵守)」や「ガバナンス(企業統治)」の重要性を説いています。しかし、それらが空理空論であると言いたくなるほどに、現実では「不正」が起こり続けています。

最近では、厚生労働省による「毎月勤労統計調査」の不正がメディアで取り上げられていますよね。2004年~2017年まで、給与水準の高い東京都分の調査が全体の3分の1にとどまっていたことにより、平均賃金が低く算出されていたことが判明。現在、雇用保険労災保険など約600億円の支払い不足の事態に陥っています。

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ほかにも、「障害者雇用率の水増し問題」や「出入国管理法改正案をめぐる技能実習生についての法務省の調査不備の問題」など、さまざまな不正を目の当たりにしている状況です。

また、最近発覚した、レオパレスの違法建築問題も深刻です。延焼を防止するための界壁がないなど、複数の建築法違反事例が判明し、約1.4万人に対して転居を求めるという悲惨な状況。利益を追求し安全性を軽視しているようにも見える、批判されて然るべき事件であると言えるでしょう。

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さて、このように挙げればキリがない世の中の「不正」。これらの原因は一体何なのでしょうか?日本企業や政府が抱えている根本的な問題、映画『七つの会議』はその点に踏み込んだ作品でした。

『七つの会議』で象徴的に描かれていたのが「会議」という密室空間です。この「密室性」は不正の温床になると言っていいでしょう。とくに、屋上での会話は印象的でしたね。

列車や航空機の座席に使われているネジに強度不足があることを八角(野村萬斎)が気づき、このままでは、人命にかかわると考えて、北川(香川照之)や宮野(橋爪功)らと話し合うことになる。

すぐにでもリコールすべき」と主張する八角に対して、宮野は「損害額やネジの使用状況を調査したうえで判断する」と告げる。これは、いわゆる先延ばしです。調査ののち、リコールすると約束した宮野の言葉を信じ、八角はいったん矛を収めるが、しかし調査後、宮野は「この件、隠ぺいする」と言い放つ。

世間に知られないように該当の製品を闇回収していき、東京建電に損失が出ないようにするという道義的に問題のある方法を、宮野は選択したのです。

先延ばしから隠ぺいへ至るプロセスは、過去に不正を働いてきた多くの企業に共通する部分ではないでしょうか。「気づかれなければいい……」という考えが、会社の中で醸造され、それが正しいこととされてしまう。

会議という密室空間で、社会常識が捻じ曲げられ、会社常識が優位性を持つようになる。会社の中にいると物事を見る目が近視眼的になり「会社常識>社会常識」になってしまうこともあるのです。この内側だけで物事を解決しようとする姿勢が不正を生み、加速させてしまうのかもしれませんね。

学校がいじめの事実を隠ぺいするのも、相撲部屋の暴行問題がひた隠しにされるのも、内側の秩序が権威性を持ってしまっているからにほかなりません。外から見えないように、内々にことを進めて、終わらせようとする風土が日本にはあるのかもしれませんね。

こうして、内側の秩序に支配されると、コミュニティ内の「空気」という魔法の装置に惑わされて、自分で判断できなくなる状態ができあがるのです。「みんなが賛成しているからいいだろう」という無批判な集団思考状態に陥ってしまうのです。

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厄介なのは、その集団思考が意外と心地が良いものであるという点です。いじめをしているときや、秘密を共有しているときなど、グループ内で「空気」を共有しているとき、人の中にはどうやら幸福ホルモンと呼ばれる「オキシトシン」が分泌されるようなのです。

オキシトシンは人を幸せにする効果があるとされていますが、集団思考を手助ける役割もあると言われています。集団の価値観に合わない人間を排除して、自分たちのコミュニティを守ろうとする作用が働くらしいのです。

いじめの発生はまさしくここに原因の一端があるわけです。今作で言えば、かつて東京建電に勤めていた梨田(鹿賀丈史)は、強度偽装の提案を突っぱねた八角に対して「お前はもう用済みだ」と言い放ちました。

会社の価値観に合わない者は排除し、内側の秩序を守る思想が垣間見える瞬間ですよね。脳科学者の中野信子先生は著書の『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』の中で、オキシトシンがもたらす負の面について解説されています。

このように『七つの会議』では、会社という閉鎖空間で生まれる内向的会社至上主義の精神が描かれていました。

そして、もう1つ、『七つの会議』で象徴的に表現されていたのが極端な「利益追求主義」です。『七つの会議』では、東京建電に「利益追求主義」と不正を根付かせた諸悪の根源は梨田だったわけですが、この体質は多くの企業にも共通していますよね。

利益を上げるためならどんなことをしてもいい、どんなに質の悪い型落ち製品でも売り飛ばしてやれ、老夫婦に強引に営業をかけてでもノルマを達成すればいい、これらは劇中で起こっていたことですが、現実でもそこかしこで見られる現象です。

レオパレスの問題も、まさに利益追求主義が原因の1つになっていると言えます。とにかく契約を結んで、突貫工事で安く家を建てる。「利益>安全性」という会社常識がレオパレスという会社に根付いてしまっていたのかもしれませんね。

会社という密室空間で、上司から脅されたりなじられたりしながら、社員は権力に抗えず、ノルマを達成するために、不正を働かざるを得なくなる。『七つの会議』で、間違いを犯した人物はみな「利益を上げるため」という枕詞を使っていました。

坂戸も宮野も、「利益を上げるためには仕方がない」という理由で不正に手を染めてしまったのです。密室空間で利益追求主義が横行すると、倫理観が崩れ、不正へ至るハードルも低くなってしまうということですね。

海外の反応「なんで、あんな会社すぐに辞めないの?」

ちなみに、これは余談ですが、試写として『七つの会議』を外国の方にも観てもらったらしいんですよ。彼らの反応は「どうして、さっさと転職しないのかわからない」というものだったみたいです。彼らからすれば、そんな問題のある会社、すぐに内部告発して、さっさと辞めればいいのに」と不思議でならないようなのです。

確かに、言われてみれば、嫌な会社ならすぐに辞めればいいですし、内部告発して不正を暴いたほうがいいでしょう。なぜ、日本人はそんな簡単なことができないの?というのが、海外から見た感覚のようです。外国人には理解されにくい、閉ざされた価値観があるのかもしれません。

『七つの会議』の最後、八角の演説シーンですが、そこに、日本人特有の企業風土に対する批判が述べられていましたよね。これは外国人の反応を受けて、改めて追加した部分なのかなと私は考えています。「日本人は侍として、1つの藩に仕えてきた歴史があり、その精神が日本の企業風土を生んでいるのかもしれない」と八角は語っていました。藩のためなら何でもするみたいな精神ですよね。

いやぁ、侍の精神を切るというのは斬新でしたね。閉鎖された空間で、内側の秩序を維持してきた日本人の性質を看破している興味深いシーンでしたね。賛否両論、否多めのラストシーンだとは思いますが、メッセージをぶつけている点で一定の意味があるように思います。

また、海外の目線を取り入れて、日本を批判している点では、坂本龍馬に近しい何かを感じました。侍は侍でも、坂本龍馬は脱藩した侍ですからね。藩の常識にとらわれるのではなく、海外の目も入れましょうよ、という坂本龍馬的なメッセージもラストには込められていたのかもしれませんね。

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外国の方が言うように、好きに転職できればいいのですが、日本は少し転職しづらい空気があります。転職回数が多いと、ダメなやつ扱いされてしまうところがあるので、そんな気軽に転職はできないんですよ。

坂本龍馬みたいに脱藩するなんて、なかなかできないんですよ。と言いながら、私は好き勝手に転職してるんですけどね。空気が読めない人間なので(笑)

気軽に転職(脱藩)できたり、自分の意見を主張したりしやすい社会になれば、利益追求主義のパワハラが横行するような会社は人が集まらずつぶれるし、そうやって淘汰されれば、不正に手を染めるような会社も減るのかもしれませんね。

とはいえ、「不正はなくならない、絶対に」という八角の発言も真実です。何が正しくて、何が間違っているのか、ひざを突き合わせて語るなかで、不正を減らす努力をしていくしかないんでしょうね~。

『七つの会議』の魅力② オールキャストの確かな演技力と顔面力!

さて、テーマについては語りましたので、今度は役者の演技やキャスティングについて書いていこうと思います。野村萬斎香川照之及川光博、土屋太鳳、鹿賀丈史橋爪功北大路欣也、吉田羊、など……とにもかくにも、キャストが豪華

これだけのキャストが揃うタイミングって、ほとんどないんじゃないでしょうか。そして、なによりキャラクターにピッタリ合うキャスティングになっているのが見事。単なる客寄せのためのキャスティングではなく、『七つの会議』という作品を表現するのに不可欠なキャストをそろえたところが素晴らしいと思います。

主人公の八角はぐうたら社員で、ひょうひょうとしている人物として登場します。野村萬斎狂言で培った独特の姿勢や動きが、八角のとらえどころの無さを見事に表現しています。

姿勢がよいので、横を向いたり振り向いたりするときも、姿勢を伸ばしたまま首だけが動く。何気ない動きのなかに、独特な間を感じさせるため、八角という人間の世界観に吸い込まれそうになるのです。

定例会議の際、原島が北川に叱責されているときも、後ろでふにゃふにゃ動いたり、不敵な笑みを浮かべたりしながら、八角を不気味な存在にすることに成功しています。『陰陽師』を思い起させるような魅惑的な奇妙さがありましたね。

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かと思ったら、北川や宮野に詰め寄るシーンでは、鋭い視線と刺さるような怒号で、その場の空気をキュッと引き締める。普段はかすれるような声でダラダラと喋っているのに、重要な場面では心臓が小さくなるような鋭い声で相手に迫る。態度や声の強弱が絶妙すぎて、八角から目が離せなくなってしまうのです。まさしく、独自の世界観を持った役者にしかできない見事な演技であったと思います。

 

もちろん、香川照之の演技も最高でした。香川照之震えの演技がたまらないですよね。葛藤が極限まで達したときの顔の震えや腕の震え。とくに、強度偽装を告発する前のシーンはすさまじいものでした。ただ単に、泣き叫ぶのではなく、心の奥から絞り出すような、押し殺していた何かが、どうしようもなく溢れ出てしまうような叫びをみて、私もなんだか涙が出てしまいました。北川が背負ってきた責任や重圧、自身の倫理観との葛藤が、あの叫びにすべて凝縮されていたように思います。

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それから、御前会議のシーンで、八角が梨田の不正を追及した際、慌てた梨田を見て、北川は笑いそうになる。この表情もよかった。「あんなくだらない男に俺は従ってきたのか」という梨田に対する怒りや嘲笑と同時に、自分自身に対する怒りや嘲笑が、あのなんとも言えない複雑な笑顔に表現されていました。

なんて層の厚い顔面をしているのだろうと、震えましたよ。顔面を完全にコントロールしている人間のなせる曲芸ですよ、もはや。。。

あと、個人的には鹿賀丈史の徹底的な悪者っぷりがすごくよかった。どんな映画にも悪者は存在しますが、その悪者がチンケだと、面白味に欠けてしまいますよね。魅力的なヒーローを描くには、魅力的な悪役が絶対に必要なんです。

鹿賀丈史扮する梨田は権力をかさに、社員をコントロールする嫌味な人物。北川が持ってきたドーナッツを、「おーせよ」と言ってはねのけたり、強度偽装を自ら提案しておきながら「私は何もかかわっていない」と言って部下に不正を押し付けたり、とにかく悪い奴です。

しかし、この悪さのおかげで、きちんと八角や北川が立ち向かうべき魅力的な悪者として確かな存在感を放っていました。とくに、何か悪だくみをしているときの「うっふっふっふ」という邪悪な笑いは、なかなかできるものではないでしょう。権力を持った人間が相手を威圧するときの笑み。それを鹿賀丈史は見事に表現していました。

それと最後に、キャスティングの妙について1つお話しておこうと思います。ネジの強度偽装事件の首謀者は、東京建電社長の宮野だったわけですが、おそらくほとんどの観客が予想していない黒幕だったのではないかと思います。当然物語上の工夫があり、観客をミスリードしているわけですが、キャスティングにおいて、すでにミスリードの仕掛けはされていたのです。

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宮野を演じたのは橋爪功野村萬斎香川照之など、こうした役者として印象の強い人物が大勢出演している中で、橋爪功は若干インパクトにおいて、負けている印象があります。ですが、それでいいのです。むしろ、それがいいのです。どの役者も目立ちすぎるくらい目立っています。そのため、あまり目立たない役者が入っていると、それだけで観客は宮野を犯人のリストから除外してしまうのです。周りを目立つ人で固めて、犯人役には目立たない役者を起用する。こうすることで、観客の注意を核心から逸らしているわけです。いやはや、恐れ入った。。。

『七つの会議』の魅力③ 観客を欺く巧みな構成と演出!「ナレーション」の多用に注目!

映画『七つの会議』には、観客をミスリードするための工夫が散りばめられていました。とくに、ナレーションによるミスリードは見事でした。「ナレーションの多い映画は映画ではない」と考える方もいると思いますが、私はナレーションがあったからこそ、ミステリーとして素晴らしい出来の作品になったと思っています。では、何がどう素晴らしいのか、1つずつ解説していきます。

ナレーションの多用が生む2つの効果!

今作は原島(及川光博)と優衣(朝倉あき)のコンビが探偵役となり、東京建電の謎を追っていく中で真相にたどり着くという形で話が組まれています。基本はこの2人が八角という怪しい人物を調べることになるのですが、うまかったのは、ほかの新田雄介(藤森慎吾)や三沢逸郎(音尾琢真)など、さまざまなキャラクターの視点から八角を描いたところ。

原島や優衣を含めた複数の人物たちの視点から、八角がどういう人物なのか推測することで、八角をどんどん不気味で怪しい存在にすることに成功しています。前半部分で八角を徹底的に怪しい人物としてナレーションで描くことにより、後半部分のヒーローとしてのカッコよさとの落差を大きくしてより魅力的な人物として描くことに成功しているのです。いわゆる『SAVE THE CATの法則』というやつですね。

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マイナスのイメージを持っている人間が、猫に優しかったりすると、そのギャップで人物が魅力的に見えるという仕組みです。八角はまさに、マイナスからプラスへのふり幅が大きく、それだけに魅力が倍増していました。

また、人物それぞれが勝手な推理をナレーションのなかで展開することによって、真実から遠ざけることにも成功しています。ナレーションといえば、キャラクターの心情を表現するものと考えがちですが、この映画ではミスリードの道具として使われているのです。観客はキャラクターたちの間違った推理を聞くのに必死で、重要な要素から注意を逸らされているのです。群像劇ならではの手法と言えるでしょう。

定例会議のシーンに隠された3つの仕掛け!

さらに、私が感心したのは、原島が定例会議で笑いものにされる場面。北川に詰め寄られた原島はプレッシャーで吐いてしまい、挙句の果てには座ろうとしたイスまで壊してしまい、周りからゲラゲラと笑われる。

しかし、八角と北川だけは真剣な顔をしている。このシーンは、のちのちかなり重要な場面だったことが判明します。東京建電が販売しているセルーラというイスには、強度不足のネジが使われており、そのせいで原島のイスは壊れてしまったわけです。

とはいえ、普通の観客はこのシーンが真相につながっているとは思いませんよね。どうして、伏線だと気づけなかったのか、理由は3つあります。

まず、この作品は先ほど紹介したようにナレーションを多用しています。そして推理は常にナレーションでおこなわれています。しかし、重要な伏線はすべてナレーションではなく、動きや絵で表現されています。

上記で言えば、イスが壊れたり、橋爪が犯人であることの伏線としては、グローブを拭いていたり、これらはすべて言葉にされていない情報です。つまり、ナレーションでミスリードし、動きや絵など映像によって手がかりを残すことで、観客の記憶に伏線を残しつつも、意識させないようにしているわけです。普通の観客は心の声のほうに夢中になってしまいますからね。

そして2つ目が、お笑いのシーンと混ぜることで、このシーンを重要だと感じないようになっているからです。劇場で映画を観ていたとき、上記のシーンで多くの人が笑っていました。要するに、お笑いを混ぜることで、観客の意識を真相から遠ざけていたわけです。

3つ目が、梨田が憤慨して帰ってしまうという描写を入れることで、梨田にも注意を払うように仕向けていたからです。原島が笑われている様子を見かねた梨田は部屋から出ていってしまう。そのあとに、北側の脂汗の滲んだ顔がアップにされる。と同時に、荘厳な音楽が流れ「やばい……梨田を怒らせてしまった」という印象を観客に与える。こうすることで、観客はイスが壊れたことになど意識を向けなくなるわけです。

まとめると、

  1. ナレーションによるミスリードと映像として残す伏線
  2. お笑いとの混合
  3. 梨田の憤慨と荘厳な音楽

以上の3つのからくりによって、観客を見事にミスリードすることに成功しているのです。すごい、すごすぎる。。。いったいどれだけ、脚本を推敲したら、こんな複雑な構成をくみ上げることができるのでしょう。構成力、そして演出力の高さを感じさせるすさまじいシーンでしたね。

ナレーションを効果的に使う方法として、個人的に大きな学びとなりました。いや、いい収穫があってよかったぁ~。

ほかにも見逃せない演出の数々!

ちなみに、ネジの強度偽装問題に気づかないようにするミスリードとして、もう1つ素晴らしい技術が使われていました。

物語の中盤、原島がホワイトボードの前で推理しているシーンがあったと思います。あれも立派なミスリードでしたよね。原島は一連の騒動から、八角、ねじ六、北川の癒着ラインがあるのではないかと推理していました。当然、この推理は間違いなのですが、これは情報の省略化によるミスリードとして成立しています。

原島は、ねじ六、八角、北川の動きしか追えていませんが、本来は社長の宮野や左遷された佐野など、注目すべき部分はたくさんあるはず。しかし、ここでは真相を観客に知らせるわけにはいかないので、あえて、癒着ラインという形で事件を単純化して、ほかにも複数走っているはずの人物関係を見えなくさせているのです。

 

これら以外にも、少しずつ悪者の姿が明らかになっていくところは、漫画的な面白さがありましたし、カットバックを多用することによるサスペンス効果も抜群に発揮されていましたね。

御前会議のシーンでも、長い会議にもかかわらず、発言するたびに、人物それぞれの表情をアップで映すなど、観客を飽きさせない仕掛けがこれでもかというくらいに、綿密にされていました。

御前会議の会場が異常なくらい広いところや、やたらと声を荒げるところなど、全編にわたって、過剰な演出が施されており、その過剰さがリズムを生み、一種のアクションシーンとして機能していました。構成、演出、さまざまな面において考え抜かれた傑作だと、これを書きながら改めて思いました!

『七つの会議』の魅力④ ネジやドーナッツなど、小道具を用いた感動的な演出!

 映画『七つの会議』は、小道具の使い方が本当に上手でした。ネジやドーナッツが事件にかかわるミステリーの手がかりとしての役割を果たしながら、感動させる装置としても見事に機能していましたよね。

ドーナッツの使い方はとくに素晴らしかったですね。自分の爪痕を会社に残すために優衣がはじめたドーナッツの試験販売。ドーナッツ泥棒が現れるなど、コミカルな要素として機能していたドーナッツですが、コミカルなものだからこそ、シリアスな場面で出てくると涙を誘う役割を果たすのです。

試験販売をはじめてまもなくのシーン。八角が北川にドーナッツをおごる場面があったと思います。これが告発前のシーンでは逆の構図になっていましたよね。北川が葛藤に押しつぶされて絶叫したあと、北川は「おごりだ」と言って八角にドーナッツを渡します。

コミカルなシーンで使われていたドーナッツが、シリアスなシーンで、しかも仲直りの印として使われているのです。泣けますねぇ。金や権力に振り回されてきた2人が、ドーナッツで仲直りしているのですから。

このシーンで使われていたネジも良かったですよね。北川がソファーの下から発見したネジを、八角に渡すシーン。北川は震えながら、「これが俺たちの最後のノルマだ」と言ってネジを渡す。これまで2人を引き裂いてきた、ネジが2人の間にできた溝を埋めているのです。ネジがバトンになっているのです。

しかも、いままでマイナスの印象しかなかった「ノルマ」という言葉が、ここではプラスの意味に転換されています。

ずっと、ぐうたら社員でノルマ達成から遠のいていた八角が「ああ、これは絶対に果たさないとな!」と言ってネジを受け取るところも最高でした。個人の変化はもちろん、2人の関係性の変化まで、ドーナッツとネジだけで表現されているのです。いやはや、お見事!

『七つの会議』の魅力⑤ 「この物語はフィクションです。」が皮肉として成立している!

本編が終了しスタッフクレジットが流れたあと、画面には、

この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

という文言が表示されていました。

いつも見てるはずの文言なのに、『七つの会議』を観終えた私は、いつもとは違う印象を持ってしまいました。

確かに、この物語は間違いなくフィクションです。しかし、そこに描かれていたのは紛れもなく現実で起こっている「不正」であり、不正に至るプロセスでした。フィクションではありますが、現実に基づいているわけです。

そう考えると、「この物語はフィクションです。」という言葉が、妙に皮肉めいて見えてきます。フィクションだけれど、本当のことを描いているんだよというメッセージを読み取ってしまいます。「この物語はフィクションです。たぶんね……」という作り手の現実に対するアイロニーが込められているような気がしてならないのです。まぁ、私の邪推かもしれませんけどね。

 

はい、ということで、今回の『七つの会議』のレビューはここまで!

『七つの会議』は、日本の企業風土に一石を投じる名作です。と、こんな言い方をしていると、「お前は日本の文化を否定するのか!」みたいに怒られる可能性があるので、断っておきますが、私は別に日本がダメだとかそんな風に主張しているわけではありませんよ。そして、八角も日本の企業風土すべてを否定しているわけではありません。「良いところもあれば、悪いところもある」とはっきり言っていますからね。

どうにも、これは日本に限った話ではなく、人間と言うのは、「右」とか「左」とか、二元論的な価値観に支配される傾向にあるようです。まぁ、ひとつ言えるのは片翼だけで空は飛べないということ。

両翼がそろっているから、バランスをとって飛ぶことができるのです。私は、こうしたバランス感覚のあるモノの考え方を八角から学んだような気がします。大事なのは思想を偏らせて硬直化させないこと。固定観念に支配されると、個人も組織も成長しなくなるし、自分の過ちに気づかなくなってしまいますからね。

 

いやぁ、今回はだいぶ込み入った話になってしまい、すみません。。

映画として、私は十分すぎるほどに楽しみました。

この機会に原作に手を出してみるのも良いかもしれませんね。

ちなみに、八角のあだ名は「ハッカク」ですが、これは「発覚」の意味を込めてつけられていますよね、たぶん……。八角(ハッカク)によって不正が発覚するわけですから。こういう遊び心が楽しめるのも『七つの会議』のいいところですよね(笑)

七つの会議 (集英社文庫)

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さて、今月は22日から『アリータ:バトル・エンジェル』が公開されます。原作の『銃夢』をまだきちんと読んだことがないので、事前に予習でもしておこうかなと思っています!

注目映画が多数ありますので、今後もまた映画レビューしていこうと思います。

では、また次回のレビューでお会いしましょう!さようなら~~(*^^*)