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【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第1話の感想&考察!ラブコメ×純文学の傑作が帰ってきた!雪乃の葛藤、小町の受験など、初回からてんこ盛りだった件について!

『やはりこの製作委員会はまちがっている。完』第1話の画像
©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

「本当は冷たくて残酷な悲しいだけの本物なんて欲しくはないのだから」という比企谷の詩的な、そして文学的なモノローグから、ついにスタートした『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』

『俺ガイル』と言えば、この比企谷の独特なモノローグが印象的ですよね。表面的には王道のラブコメに見せておきながら、物語の核心に迫る部分では、純文学的な洗練された表現を差し込んでくる。ラブコメの皮を被った新しい純文学の形を感じさせる、革新的なところですね。

俺ガイルの作品には、さまざまな人間の二面性が描かれていますが、そもそも作品自体が「ラブコメ」と「純文学」の二つの顔を持っているわけです。

さて、そんな雪景色の叙情的な風景と言葉で始まった『俺ガイル』完結編。みなさんは、どんな感想を持たれましたか?

私はというと……、もう第1話の冒頭シーンを観た瞬間から、涙をこらえるので必死でしたよ。というのも、2013年4月の第1期、続いて、2015年4月の第2期、そして2020年7月から放送開始の第3期この7年間、私は俺ガイルに影響を受けまくる人生を送ってきたところがありまして……。

作品に出会ったのは、私が大学生の頃。当時は、いわゆる「ぼっち」で、ひねくれた人間だったこともあり、私は周囲と対立ばかりしていました。なので、同じように「ぼっち」として生きている比企谷に、大変共感してしまったわけです。

比企谷の抱える悩みや思想、性格など、自分と被る部分が多すぎて、とても他人事とは思えませんでした。「なんだこの作品は!」と、鳥肌が立った記憶があります。

作品に感銘を受け、その後、比企谷のように「本物」を追い求めたあげく、結局、私は友達ゼロの暗黒の大学時代を送ることになり、終いにはうつ病を発症することに……(その後、鬱はちゃんと治り、今は心身ともに健康でございます)。

問い続けて、考え続けた末に、どうしようもないところまで精神的に追い詰められましたが、けれども、そこで初めて私は「これが、本物かもしれない」と思えるものに気づき、それから、小説家を目指して活動を始めました。

そして、俺ガイルの完結編が放送される今年2020年に、ありがたいことに、私も小説家としてデビューすることが決まりました。小説家を目指すきっかけの1つとなった作品の完結編と同じ時期に、こうしてデビューできることを、心の底から嬉しく思います。

私の勝手な気持ちではありますが、俺ガイルとは何か奇妙な縁を感じておりまして……。ゆえに、冒頭のモノローグだけで、泣きそうになってしまったのです。私にとって、本当に、待ちに待った作品なのです。

この7年間、私自身も、自分なりの〝答え〟(本物)を探してきたつもりです。私以上に、苦しんで、足掻いてきた比企谷が、最後にどんな回答を導き出すのか、彼の思想の結論はどんなものになるのか、その部分が気になって仕方がありません。もはや、他人事ではなく、自分事として、彼の一挙手一投足から目が離せない状態です。

今回は、そんな私にとってエポックな作品『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第1話の感想と考察を書いていこうと思います。私は、原作は読んでいないため、完全に初見状態での感想となります。

作品の展開を知らない状態で、演出や人物の内面などについて、ネタバレ全開で、私なりの妄想解説を展開しようと思います。ちなみに、まだ本編を観ていないという人は、Amazon Primeで、これまでのシリーズを全て鑑賞できるので、ぜひご覧になってから、本記事を読んでいただければと思います。

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【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』の基本情報


「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」7月公開告知PV

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』のスタッフ

  • 原作:渡 航(小学館「ガガガ文庫」)
  • キャラクター原案:ぽんかん(8)
  • 監督:及川 啓
  • シリーズ構成:大知慶一郎
  • キャラクターデザイン:田中雄一
  • 美術監督:池田繁美、丸山由紀子
  • 美術背景:アトリエムサ
  • 色彩設計:岩井田 洋
  • 撮影監督:中村雄太
  • 編集:平木大輔
  • 音響監督:本山 哲
  • 音響制作:デルファイサウンド
  • 音楽:石濱 翔(MONACA)、高橋邦幸(MONACA)
  • アニメーション制作:feel.

(HPより引用:スタッフ&キャスト|TVアニメ「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」公式ホームページ|TBSテレビ)

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』のキャスト

  • 比企谷八幡:江口拓也
  • 雪ノ下雪乃:早見沙織
  • 由比ヶ浜結衣:東山奈央
  • 一色いろは:佐倉綾音
  • 比企谷小町:悠木碧
  • 戸塚彩加:小松未可子
  • 葉山隼人:近藤隆
  • 材木座義輝:檜山修之
  • 平塚静:柚木涼香
  • 雪ノ下陽乃:中原麻衣
  • 三浦優美子:井上麻里奈
  • 海老名姫菜:ささきのぞみ
  • 川崎沙希:小清水亜美
  • 戸部翔:堀井茶渡

(HPより引用:スタッフ&キャスト|TVアニメ「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」公式ホームページ|TBSテレビ)

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第1話のあらすじ


「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」オープニング映像

比企谷八幡(ひきがやはちまん)雪ノ下雪乃(ゆきのしたゆきの)由比ヶ浜結衣(ゆいがはまゆい)の奉仕部の3人は、葛西臨海公園に訪れていた。「本物」を追い求めながらも、あやふやな関係性で揺れる3人。

結衣から突如飛び出した「あたしが勝ったら全部もらう」「ずっとこのままでいたいと思うの、どうかな?」という奉仕部への依頼を、比企谷は「いや、その提案には乗れない」と突っぱねる。

あやふやな関係を維持するのではなく、苦しくても、悲しくても、何かを選ばなければならない。そう主張する比企谷。張り詰めた空気のなか、今度は雪乃から奉仕部への依頼が告げられる。

これまで、親や姉の言われるがままに生きてきた雪乃。しかし、雪乃は、父の仕事を継ぎたいという想いを明確に自覚する。だが、父の仕事を継げるのは姉である雪ノ下陽乃(ゆきのしたはるの)だけ。無理だと分かっていながら、それでも、雪乃は自分の気持ちをぶつけてみようと決意する。

 

「私の依頼は一つだけ。あなたたちに、その最後を見届けてもらいたい」

 

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第1話の感想&考察① キャラクターの二面性を表す精緻な演出!

俺ガイルは、シリーズ全編通して、演出や構成の面で、かなり洗練されているアニメというイメージがあります。そこで、ここではまず、演出と構成について、いくつか優れているポイントを解説しようと思います。

シリーズの内容をさりげなく振り返る演出と構成

多くの場合、シリーズ続編の第1話は、これまでの振り返りとして機能します。『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』の第1話も、その例外ではなく、回想等を用いて、第1期・第2期の内容を思い出せるようになっています。

ですが、俺ガイルの場合は、無理やり回想を入れている印象がほとんどなく、かなり自然な形で振り返りをおこなっているのです。

まず、雪乃が比企谷に依頼する第2期のラストシーンから始まり、ここで第2期とのジョイント部分が提示されます。

オープニング明け、ベンチで会話する場面では、比企谷がポケットの中にあるクッキーに気づき、ここで第2期のラストに結衣が手作りクッキーを渡したことが思い出され、同時に、回想で第1期のクッキーづくりの場面を振り返ることにも成功しています。

川崎沙希とサンマルクカフェで会話するシーンでは、比企谷と比企谷小町(ひきがやこまち)のやり取りで出てきた「愛してる」の言葉から、第1期の学園祭の場面が回想で提示されていました。

このように、「小道具(クッキー)」や「セリフ(愛してる)」を通して、自然な流れで以前の出来事を思い出すような仕掛けがされており、現在の話の流れを邪魔しない、絶妙な構成・演出になっているのです。

雪乃の心情を精緻に描き出す上品な演出

人物の感情を上品な演出で表現しているあたりも、注目ポイントです。

例えば、雪乃の名前を、比企谷が「いい名前だな」と言ったあと、雪乃は顔を前方に向けて「ありがとう」と返していたと思います。

この場面の雪乃の耳に注目していただきたいのですが、「ありがとう」の瞬間、耳を隠していた髪が前方にずれて、隠れていた耳が髪の隙間からひょっこり姿を現します。照れ隠しをしながらも、隠せない本物の感情を、ひょっこり現れた耳で表現しているわけです。

通常なら「頬を染める」とか「表情の変化」で照れを表現しますが、赤面や表情の変化を一切使うことなく、演出と声の演技だけで、「照れている」ということを表しているのです。とても高度で上品な演出だと思います。

また、雪乃の「きちんとした答えを出すのが怖くて、確かめることをしなかったの。だから……」というセリフのとき、雪乃と結衣の握った手がアップで映されていました。このシーンで注目したいのが、「だから」のセリフに合わせて、雪乃の手が一度開いてから、再びぎゅっと握られるところ。そのあと、「まずは、そこから確かめる」と言います。

ここで表現されているのは、雪乃の「決意」と「不安」の2つの感情だと推測されます。

一般的に「拳を握る」という動作は、怒りや決意を表現している場合が多いです。しかし、今回の場合は、自分の拳ではなく、結衣の手を握っているというのがポイント。

決意だけでなく、誰かに頼らないと自分を保てないという弱さも同時に表していると考えられます。

結衣の手を握り返すという動作によって、雪乃の決意と不安という2つの複雑な感情を同時に表現しているのです。

砂糖・ミルクを入れ忘れたコーヒーと、散らかった部屋から読み取る人物の二面性

もう1つ注目していただきたいのが、人物の二面性です。とくに第2期以降、人物の二面性がしっかり表現されるようになった印象があります。

例えば、第2期では、ただ明るい子だと思っていた結衣がしっかり自分の答えを持っていて、その一方、しっかりものだと思っていた雪乃が実は自己主張が苦手な女の子だったという形で、人物の二面性がはっきりと描き出されていました。

これにより、俺ガイルの登場人物は、単なるキャラクターであることを辞めて、人間として生き始めたように私は思いました。

さて、この二面性についてですが、それは演出面においても確認することができます。今回でいえば、比企谷と小町がリビングでやりとりする場面があったと思います。受験の面接当日、支度をしている小町に比企谷が語り掛けるシーンです。

比企谷が「どんな感じ?」と質問すると、それに対し、小町は「まあ、ぼちぼち。いまさら、じたばたしてもしょうがないしね」と返答する。

この場面で注目してほしいのが、散らかった部屋です。比企谷が部屋を見渡すと、部屋には、あちらこちらに、いろいろなものが転がっています。

もし、セリフのとおり、小町が本当に〝じたばたしていない〟のであれば、部屋は片付いているはずですよね。気持ちに余裕があるなら、部屋の片付けくらい、なんてことないはずです。

けれど、面接当日のこれから出かける瞬間まで、部屋は片付いていません。つまり、部屋の散らかりは、セリフに反して小町の〝じたばたしている〟心理状態を表しているものと考えられます。

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。4 (ガガガ文庫)
 

さらに、いつも冷静な比企谷も、実は、この時ばかりは「緊張」していたようです。というのも、比企谷は「どんな感じ?」と尋ねて、コーヒーを口にしたあと、なにか違和感を覚えたような表情を浮かべ、それから砂糖とミルクを入れています。

これ、つまりは「コーヒー飲んだら、思ってたよりも苦くて、よく見たら、砂糖とミルクを入れ忘れてた」ってことですよね。仮に、比企谷が冷静な状態だとしたら、このミスって、少し変な感じがしませんか?もし、普通に頭が回っていて、冷静な状態なら、砂糖とミルクを入れ忘れるなんてミスはしないはずです。

つまり、冷静な顔をしながらも、実は比企谷も緊張しており、妹の面接に対する心配で頭がいっぱいだったという事実が読み取れます。

頭が別のことで支配されているから、砂糖とミルクを入れるというところまで頭が回っていなかったわけです。

比企谷も小町も、兄妹そろって本当は〝じたばたしていた〟んですね(笑)

このように、セリフとして吐かれている言葉と、実際に人物が持つ心理とのズレを、演出によってさりげなく表しており、俺ガイルならではの人物の持つ二面性が、こういう日常的なシーンにも、しっかり反映されていることが分かると思います。

ちなみに、これは蛇足ですが、比企谷の黒目の動きも、相変わらず面白いですよね。これから話しかける相手のことをチラッと見たあと、話始めると目線をそらすというやつです。比企谷の照れというか、ひねくれというか、キャラクターの性格が見える面白い演出だと思います。比企谷の黒目の行方を追ってみるのも、一興かもしれませんよ(笑)

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第1話の感想&考察② 雪ノ下雪乃が持つ2つの〝答え〟とは?

どうやら、雪乃は2つの「答え」を持っているようですね。1つは、父の仕事を継ぎたいという答え。もう1つは、おそらくですが、「比企谷のことが好き」という答え。

第2期のラストで、結衣が「ゆきのんが今抱えてる問題、あたしも答え分かってるの。たぶん、それがあたしたちの答えだと思う」と言っていましたよね。

〝あたしたち〟とは、おそらく結衣と雪乃のことを指すのでしょう。そして、比企谷にクッキーを渡した直後に、こんな発言をしているわけですから、「比企谷のことが好き」という答えが、〝あたしたちの答え〟だと考えることが可能です。さらに、雪乃もこの発言に動揺していましたので、雪乃自身も比企谷への想いに気づき始めているのでしょう。

「親→陽乃→雪乃」の順に構築された「支配」と「依存」の負の連鎖

雪乃はまず2つの答えのうち、「父の仕事を継ぎたい」という答えを優先させ、家族と向き合うことを決意します。それができて初めて「ちゃんと始められる」と考えているようですね。

「ちゃんと始める」とは、つまり、もう1つの答えに向き合うということなのでしょう。まずは、家族との問題に決着をつけ、そのあとに、比企谷に想いを告げたいと考えているのかもしれません。

というのも、雪乃はこれまで、母や姉の陽乃の言われるままに育ってきており、明確な自己主張したことがありませんでしたから。まずは、家族から自分の意思を奪い返し、本当の意味で自立する必要があるのでしょう。

雪乃ちゃんに、自分なんてあるの?」と陽乃に言われている状態から脱し、自分の意思を持った、自立した個人になった段階で、もう1つの答えに向き合いたいのかもしれませんね。

陽乃の話が出てきましたので、陽乃についても少しばかり触れておこうと思います。

陽乃は、全編にわたって性格の悪い女性として描かれていますが、陽乃は陽乃で、大きな葛藤を抱えていそうです。

雪ノ下家の長女として生まれたがゆえに、将来の生き方を決められ、外面のよい人間になるよう、徹底的に教育されて育った陽乃からすると、「自由に生きていい」と言われている雪乃に対して、羨望、いや嫉妬に近い感情を抱いているのかもしれません。もちろん、妹への愛情もあるので、愛憎がぐちゃぐちゃになっている状態とも言えます。

ゆえに、自分が親から支配されたときと同じように、雪乃を管理下に置き、自分の意思では動けない意思の薄弱な存在になることを強いているようにも見えます。要は、自分と同じ目にあわせているわけです。

だからこそ、これまでお人形同然だった雪乃が、親や陽乃の管理下から抜け出し、自分を持とうとし始めていることが気に食わないのかもしれませんね。

または、「親→陽乃→雪乃」の順に、「支配と依存の負の連鎖」が出来上がっているという言い方もできます。

とくに「依存」が重要です。

現在、物語上では、雪乃だけが「依存」的な気質を持っているように描かれていますが、実は陽乃もその点は同じなんです。

陽乃も、親の意思に逆らっている様子が見られません。陽乃自身が、意思を持つことを制限されて育てられ、親の考えに従い(あるいは、依存し)て生きてきたのです。

それゆえに、自分が親からされたように雪乃を支配し、自分に依存するように仕向けてしまうのかもしれません。こうして、親から陽乃への支配、陽乃の親への依存、陽乃から雪乃への支配、雪乃の陽乃への依存……この支配と依存の負の連鎖が、構築されてしまったのだと考えられます。

陽乃が放つ「雪乃ちゃんに、自分なんてあるの?」という言葉は、自分自身に向けた言葉でもあるのでしょう。「私と同じお人形さんのあなたが、なんで意思なんか持とうとしてるの?」という形で、雪乃に対する嫉妬と、自分への激しい嫌悪の意識が、ないまぜになっている状態であると推察されます。

こういった内面の葛藤もあって、陽乃は雪乃が帰ってきたとき、お酒を飲んでいたのかもしれないですね。

映像表現において、酒やタバコは、人物が内面に葛藤を抱えていることを表す小道具です。つまり、陽乃は、あのとき、なにかしらの葛藤を抱えていたために、それを酔いでごまかしていたと推測することもできるわけです。

それにしても……雪乃は陽乃に憧れている部分があるわけで、その一方で、陽乃は陽乃で、雪乃の自由な状態に憧れているわけで、なんとも皮肉な捻じれですよね。

自分が欲しいものを、相手が持っていることへの羨望と嫉妬が、絡まりに絡まっている。いやはや、この固く結ばれた糸は、どうやったらほぐれるのでしょうかね……。

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第1話の感想&考察③ オープニングの違和感。雪乃の世界に雨は降るのか?

今回も、オープニングのやなぎなぎの曲は最高でしたね。「芽ぐみの雨」というタイトルも印象的でした。

また、今回のオープニングでは、雪乃にスポットライトを当てている点が印象に残りましたね。

オープニングの冒頭、雪乃は学校の窓から雪の降る外の景色を眺めています。まるで、どこかの雪の女王のような、どこかのシザーハンズのような、構図ですよね。

重要なのは、この雪が、途中で雨に変化しているところです。「芽ぐみの雨」というタイトルからも推測できますが、それまでの凍てつく雪が解けて、雨になったとき、それは恵みの雨となり、やがて大地から芽が出る。

これは、登場人物の心が、雪から雨に変化するように、精神的な変化の過渡期に置かれていることを表現しているものと思われます。

冬から春を迎えるなかで、雪から雨に変わり、人物も同じように変化する。季節、天候、心理の3点を重ねた、見事な表現ですよね。

ただ、少し気になるのが、オープニングの最後、雪乃は雪の降る景色を眺めながら、ポツンと一人で教室に佇んでいます。

彼女の世界には、雪が降り続けているし、しかも、その世界には雪乃以外に誰もいないのです。それはまるで、「少しも寒くないわ」と言って、一人で閉じこもったどこかの女王様のように。

雪乃の世界には、芽ぐみの雨は降らないということなのでしょうか?雪乃だけ、雪の世界に取り残されてしまうのでしょうか?そのあたりは、今後の展開を見ていくしかなさそうですね。どうか、雪乃にも春が来るようにと願うばかりです。

もしかすると、最後のシーンは、途中から違うシーンに変更されるかもしれないですね。たまに、オープニングの映像が変わることって、アニメならよくありますよね。

現時点での雪乃は、雪の世界にいるけれども、これが変化した時に、オープニングの映像が、雪ではなく雨に、一人ではなく複数人に変更される可能性はありそうです。オープニングの変化にも、注目してみると面白いかもしれませんね。

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第1話の感想&考察のまとめ


「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」エンディング映像

こうして、演出や人物の内面を掘り返してみると、とことん考え抜かれた傑作だなぁと、改めてその作りこみの凄まじさに圧倒されますね。

ちなみに、今回は比企谷についてあまり触れませんでしたが、次回以降、彼の思想が変化したり、彼の「本物」が示されたりしたら、その時に比企谷八幡の思想について、まとめて取り上げようと考えています。

実をいうと、俺ガイルのキャラクターのなかで、ほかのどのヒロインよりも、私は断然、比企谷が好きなんですよね。

彼については、個人的に思うところがたくさんあるので、本記事だけでまとめるのは難しいと判断しました。彼が活躍したときに、がっつり語りたいと思います!

さて、それでは、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第1話の感想&考察について最後にまとめておきましょう。

  • 俺ガイルには、「ラブコメ」と「純文学」の二つの顔がある
  • 「小道具(クッキー)」や「セリフ(愛してる)」を通して、自然な流れで、シリーズの内容を思い出す仕掛けがされている
  • 照れ隠しをしながらも、隠せない本物の感情があることを、髪の隙間からひょっこり現れた耳で表現している
  • 結衣の手を握り返すという動作によって、雪乃の「決意」と「不安」という2つの複雑な感情を同時に表現している
  • 部屋の散らかりは、セリフに反して、小町の〝じたばたしている〟心理状態を表している
  • 砂糖とミルクをコーヒーに入れ忘れていたことから、比企谷の「緊張」が読み取れる
  • 比企谷も小町も、兄妹そろって本当は〝じたばたしていた〟
  • 雪乃の「答え」は2つで、1つは、父の仕事を継ぎたいという答え。もう1つは、「比企谷のことが好き」という答えではないか?
  • 将来を親に決められて育った陽乃は、「自由に生きていい」と言われている雪乃に対して、羨望(あるいは、嫉妬)の感情を抱いているのではないか?
  • 「親→陽乃→雪乃」の順に構築された「支配」と「依存」の負の連鎖が存在する
  • 陽乃自身が、雪乃と同じように、意思を持つことを制限されて育てられ、親の考えに従い(あるいは、依存し)て生きてきたところがある
  • 陽乃は、なにかしらの内面の葛藤を抱えており、それを酔いでごまかしていたのではないか?
  • オープニングは、登場人物の心が、雪から雨に変化するように、精神的な変化の過渡期に置かれていることを表現している
  • 今後、オープニングの映像が変化する可能性がある

はい、長くなりましたが、第1話の感想はこんなところです。

第2話以降も、哲学者・比企谷八幡の活躍から目が離せないですね。

第2話を観終わりましたら、また記事を更新しますので、そのときまで、いったんお別れです。それでは、またお会いしましょう。

さようなら~。

 

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