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【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第3話の感想&考察!一色いろはの「反・お兄ちゃん理論」と雪ノ下家の恐るべき遺伝

『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第3話の画像
©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

 「なるほど、これがプロム。まあ、ノリだけはなんとなくわかった。……やっぱ合わねーわ」

第2話の雪ノ下陽乃(ゆきのしたはるの)の予言が見事に的中しましたね。

予言しよう。君は、酔えない」とは、なるほど、こういうことだったんですね。前回の記事でも触れましたが、陽乃の言う「酔えない」とは、つまり「場の空気や自分の行動に〝陶酔できない〟」という意味です。

笑ったり騒いだりしても、どこか他人ごとって感じがするのよね」というセリフからも分かるとおり、陽乃は自分のことを常に周りから分離し、周囲の人間はもちろん、自分自身でさえも「客観視」している人物です。ゆえに、何もかもが〝嘘っぽく〟感じてしまうわけです。

何もかもが〝偽物〟に見えてしまう、この点が陽乃と比企谷の共通点。そして、そんな偽物だらけの世界でも、なんとかして〝本物〟を見つけ出そうと、必死にもがいているのが、現在の比企谷です。

しかし、プロムのPV撮影のとき、比企谷はひとしきりダンスのまねごとをした後、すーっと会場の隅に移動し、楽しく踊るみんなを〝客観的〟な立場から見ていました。そして、「やっぱ合わねーわ」とため息を吐きながら、自分が場の空気に「酔えない」人間であることを再認識することになりました。まさに、陽乃の予言が的中したというわけです。

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おそらく、この時の比企谷は、第2話の陽乃と同じように「笑ったり騒いだりしても、どこか他人ごとって感じがするのよね」と思っていたに違いありません。なにせ、プロムのPV撮影は、まさに笑ったり騒いだりする現場だったわけですし、比企谷はそのノリについていくことができなかったわけですからね。

比企谷にとって、あの現場は〝偽物〟に見えていたはずです。あの場所に、比企谷にとっての本物はなかったのでしょう。実際のところ、プロム本番ではなく、PV撮影ですからね。まぁ、ある意味、偽物と言えば偽物なんですよ。そうなると、プロム本番に、比企谷が〝本物〟を見出すことができるのか、ちょっと期待してしまいますね。

 

ちなみに、これは余談ですが、ダンスシーンの曲調が静かなトーンから、激しめに変化したとき、比企谷が戸惑いながら、ぎこちなく踊るシーンがあったと思います。

これを見て、つい『巨人の星』ゴーゴーダンスの回を思い出してしまいましたね(笑)。星飛雄馬が、ディスコにきて、慣れないダンスをしたあとに、転んで恥をかくというあれです。

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慣れないことをして、「やっぱり自分には合わない」ことを認識するあたりが、ちょっと似ているような気もするのですが、これは作劇上、なにか意図しているんですかねぇ。

踊り方のぎこちなさも、作画的に少し似ている気がするし……。もし、この点が気になるという奇特な方がいらっしゃるなら、ゴーゴーダンスヒッキーダンスをぜひ比較してみてください(笑)

そんな冗談はさておき、第3話はPV撮影のシーンがメインでしたが、そのほかにも、注目したいポイントがいくつかありました。今回も、ネタバレ全開で考察していこうと思います。

 

とくに、一色いろはの「反・お兄ちゃん理論」と、いろはが気づいた雪ノ下雪乃に頼ることの危険性について、考察していきます。その他、オープニングの変化についても触れます。お暇な方は、ぜひご覧ください。

 ↓前回の記事

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↓次回の記事

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【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第3話のあらすじ


「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」オープニング映像

携帯を見た瞬間、突如、比企谷八幡(ひきがやはちまん)川崎沙希(かわさきさき)は教室を飛び出した。比企谷の向かった先には、合格発表の掲示板の前に立つ、妹・小町の姿があった。小町は見事、入試に合格。沙希の弟もまた合格し、祝いと感謝の言葉を掛け合う一同であった。

そんななか、一色いろはから、プロムの協力依頼を受けた雪ノ下雪乃(ゆきのしたゆきの)は、由比ヶ浜結衣(ゆいがはまゆい)と一緒に、着々とプロムの準備を進めていた。

いろはから「放課後、生徒会室でまってますね~」と協力を頼まれ、比企谷も結局、プロムの準備を手伝うことになった。

プロムのPV撮影の準備を進めるなか、いろはは、雪乃に何もかも頼りすぎることの問題点に気づくのであった……。

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第3話の感想&考察① 一色いろはの「反・お兄ちゃん理論」と比企谷八幡のマックスコーヒー

第3話は、一色いろはの「あざとかわいい」様子が際立つ回でしたね。しかし、そういうキャラ付けとしての可愛さ以外にも、ぜひ注目していただきたいポイントがあります。それが、いろはの「反・お兄ちゃん理論」です。

一色いろはの「反・お兄ちゃん理論」

「どうもこうも妹がいるとそうなるんだよ。習慣というか」

という比企谷のセリフに対して、

「それ、やめたほうがいいと思いますけどね。妹扱いされて喜ぶ女の子なんていないですから」

と、いろは返答します。

この発言から、いろはの「妹扱いをやめてください=お兄ちゃんするのをやめてください」というメッセージが読み取れると思います。では、いろはにとって「お兄ちゃん」とは、どういうものなのでしょうか?

「妹扱い」や「お兄ちゃんという呼び方」が持つ違和感に気づかない比企谷に対して、

「あはは、先輩ってなんか、お父さんみたいですね。え、いや、なんかこう、いつもありがたいな、みたいな、ねえ」

と、いろはがたとえ話を展開。すると、

「めっちゃダメージ食らうな。露骨に別カテゴリー感出てるし」

「お兄ちゃん」が「お父さん」に切り替わったことで、比企谷は「お兄ちゃん扱い」や「妹扱い」が、「相手にされていないことの印」であることを理解します。

この一連の流れで、いろはが展開する理論を、ここでは便宜的に「反・お兄ちゃん理論」と呼ぶことにしましょう。つまり、「お兄ちゃんとかやめてください。妹扱いとかやめてください理論」ですね。

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実際、いろはの発言は、かなり的確です。比企谷は、雪乃に対しても、結衣に対しても、いろはに対しても、常に一歩引いたところから、まさに保護者のような立場から助言を与えています。それは、兄の目線というよりは、むしろ父の目線に近いとも言えます。

もう少し言い方を変えると、俯瞰的、あるいは客観的な目線から人とかかわっているようにも見えます。こうした客観的な目線から、自分と同じ目線の高さまで比企谷を引き戻したいと、いろはは考えているのかもしれません。

「お兄ちゃんをやめろ」というのは、「保護者目線じゃなくて、ちゃんと同じ目線の高さで私を見てください」という訴えであると推察されます。

また、こうした保護者目線になってしまうところが、比企谷が何事に対しても「酔えない」人間であることの1つの原因なのかもしれません。

何をしても常に〝覚めた〟感じになるのは、比企谷がまだ保護者の世界にいるからなのかもしれません。比企谷だけ、保護者という役割から出ていない、という言い方をしてもいいでしょう。

比企谷八幡のマックスコーヒーが表していること

いろはと比企谷が2人で話しているシーンには、比企谷の保護者目線や、覚めている様子を間接的に表現している小道具があります。

もう、お気づきかもしれませんが、その小道具とは、ジョージアの〝マックスコーヒー〟のことです。俺ガイルにマックスコーヒーが出てくるのは、もちろん俺ガイルの舞台・千葉県のソウルフード(ソウルドリンク?)だからという理由がメインです。しかし、このシーンで重要なのは、比企谷のそばに置かれていたものが「コーヒー」だったこと。

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一般的に、コーヒーは「目を覚ます」ための飲み物として認識されています。比企谷は、ことあるごとにコーヒーを飲んでいますが、それは好きだからという理由以外に、「目を覚ます」という動機もあるように思われます。

ここで言う「目を覚ます」とは、「眠気を覚ます」という意味ではなく、どちらかと言えば、「冷静になる」という意味の「目を覚ます」です。

つまり、「冷静である」ことのアイコンとして、あるいは「覚めている」ことの象徴として、コーヒーという小道具を使っているものと考えられます。

第1話の冒頭、雪乃と結衣にはカフェオレ的なものを渡し、比企谷自身はコーヒーを飲んでいましたが、あれは「俺は冷静だ」あるいは「冷静にならねば」という気持ちの表れであったと考えることも可能です。

比企谷はコーヒーを飲んで常に「覚めている」わけですから、そりゃあ「酔えない」のも無理ないですよね。まさに、雪ノ下陽乃の言う通りだったわけです。

まぁ、陽乃の場合は実際に酒を飲んでも酔えないわけですから、そういう意味では、比企谷以上に冷静で、比企谷以上に気の毒な存在と言えるかもしれませんね。

 

コーヒーを飲んで覚めた状態のまま、保護者の立場に居続けるのか?それとも、いろはが望むように、同じ目線の高さで当事者として人と向き合うようになるのか?比企谷の目線の高さの変化と、飲み物の変化に注目ですね。

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第3話の感想&考察② 「主体性」を奪い取る。雪ノ下家の恐るべき遺伝

「助言ってわけじゃないが、雪ノ下に頼りすぎないようにな」

という比企谷の言葉の意味を、今回、いろはは時間差で思い知ることになりました。

「先輩が言ってたこと、いまちょっと実感しました。」

「いろんなことが順調だからっていうか、気づかないうちにいろんなことやってもらってるから。私、ちょっと油断してました」

プロムのPV撮影に加え、SNSの運用や、その他もろもろの準備を、何もかも順調にこなしていく雪乃。

そんな雪乃に任せているうちに、いつの間にか、いろんなことが進んでいき、いろは自身が発案したはずのプロムが雪乃のものになっていたこと。そのことに、いろはは気づいたわけです。

プロムをもう一度、自身の手で実現しなければならないと、油断していた自分に鞭を打ち、気を引き締めるいろは。雪乃に奪われてしまった主体性(あるいは、主導権)を、再び取り戻そうと決意する良いシーンだと思います。

良いシーンだったのと同時に、雪ノ下家の恐るべき遺伝についても、ちょっと考えさせられましたね。

いろはが気づいたように、雪ノ下雪乃は優秀すぎるがゆえに、ひとたび任せると、すべてを完ぺきにこなしてしまいます。ゆえに、周りの人は、あらゆる意思決定を雪乃に委ねるようになります。そして、次第に、ほかの人の意見よりも、雪乃の意見が優先されるようになります。

雪乃自身はごく自然にふるまっているだけなのですが、その優秀さのために、いつの間にか、周りの人間は、その主体性を奪われてしまうのです。

さて、この〝他者の主体性を奪う優秀さ〟は、果たして雪乃だけが持つ気質なのでしょうか?もちろん、それは違います。雪乃だけではなく、雪ノ下家の母親と陽乃にも共通している特徴です。遺伝と言っても差し支えはないでしょう。

雪ノ下家では、あらゆることが母親を中心に決められている節があります。あの鋭い洞察力を持つ陽乃や、あの頭脳明晰な雪乃でさえ、反抗できない絶対的な存在として雪ノ下家に君臨しているのが、あの母親です。

陽乃自身も、母は自分よりも怖い存在であると認めているほどです。それほどに、雪ノ下の母は、凄まじく優秀な人なのでしょう。そして、優秀すぎるがゆえに、陽乃や雪乃は母親に逆らうことができず、主体性を奪われています。

しかし、上述のように、その優秀さは母親だけのものではありません。陽乃も極めて優秀な人間で、優秀すぎるがゆえに、周りの人の主体性を奪ってしまうところがあります。それは、陽乃が雪乃に対してとっていた態度からも分かります。あるいは、葉山が以前言っていた、

「あの人は興味のないものには何もせず、好きなものを構いすぎて殺すか、嫌いなものを徹底的に潰すことしかしない」

という発言からも、読み取ることができます。優秀さによって、他人の主体性を侵してしまうという気質。そんな気質を持った母親と姉のもとで育った雪乃もまた、他者に対して無意識に同じことをしてしまっている可能性があります。

例えば、第1期の文化祭のとき、雪乃は副委員長でありながら、委員長の仕事をほぼすべて引き受け、その結果、本当の委員長の居場所がなくなるという場面がありました。

まぁ、あれは委員長自身にも、かなり問題があったわけですが、雪乃が優秀すぎるがゆえに、他者の主体性を奪った良い例でもあります。

このように、雪ノ下家には、他者の主体性を奪うという恐ろしい遺伝的気質があるのではないかと考えられます。

たとえ雪乃は自然に振舞っていたとしても、周囲の人間が意識的に「主体性を持って」行動しようとしない限り、いつの間にか、優秀な雪乃の考えに飲まれてしまうことになります。

主体性を奪うイメージは、PVのダンスシーンにもよく表れていましたよね。いろはと雪乃の2人は、手を取って踊っているものの、完ぺきに踊る雪乃に、いろはは振り回されていました。ダンスの主導権を描くことで、プロム企画の主導権が雪乃に握られていることを、暗に示しているわけです。

その映像を見て、いろはは、

「なんかガチの競技ダンスみたいです」

「もっとウェイウェイした感じのノリの映像も欲しいです」

と、雪乃に対して、しっかり反論して、主導権を引き戻そうとしていました。「気を引き締める」と言った直後に、きちんと有言実行していたわけですね。いろはの本気が見える素晴らしいシーンだと思います。

おそらく、雪乃とちゃんと付き合うためには、雪乃に主体性を奪われないほどの、しっかりとした意思を持っている必要があるのだと思われます。

なるほど、その意味では、何物にも染まらない比企谷は、まさに確かな意思(あるいは主体性)を持った、ピッタリのパートナーなのかもしれませんね。

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第3話の感想&考察③ 今後、オープニングは○○が変化する!

第3話のオープニングの最後、窓辺に立つ雪乃が眺めている風景が変わりましたね。第2話までだった天気が、第3話では晴れに変化していました。いやぁ、第1話の記事で、もしかしたらオープニングが変わるかもと、予想していましたが、的中しましたねぇ。これは、嬉しい。 

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天気の変化は、おそらく雪乃の心情の変化を表しているのでしょう。少なくとも、雪乃は自分の意思でプロム企画への協力を決めたわけですし、将来の進路についても明確に意思表明をするようになりました。その意味で、雪乃自身の心に幾分かの晴れ間が差したのだろうと推測されます。

しかし、雪乃の悩みがすべて解消されたわけではありません。比企谷へ想いを告げてはいないですからね。こうした、半分クリアしたけれど、まだ半分は未達という状況が、最後の一人ぼっちで佇んでいる場面に表現されているのだと思われます。「晴れているのに、一人ぼっち」という、良いとも悪いとも言えないような、逆に、良いとも悪いとも言えるような状況ですからね。

これも予想ですが、雪乃が一人で佇んでいるあの教室には、今後、複数の人物が現れるのではないかと思われます。

雪→晴れへの天気の変化の次は、一人→複数人という人数の変化があるはずです。そして、そこには比企谷や、結衣、いろはなど、俺ガイルのお馴染みの面々が顔をそろえることになるのでしょう。

雪乃が一人で待っているあの教室に、いったい誰が現れるのか注目してみると面白いかもしれませんよ。

それと、これは私の勝手な妄想ですが、オープニングの変化として、期待しているのが「比企谷と雪乃が躍る」というもの。これ、ありそうじゃないですか?

現時点では、白いドレスを着た雪乃が一人で舞う姿を、傍らで比企谷が見ているという構図ですが、今後、比企谷が雪乃と手を取り合ってダンスをするシーンに変わるとか、あると思うんですよね。

現時点のオープニングだと、比企谷はまだ裏方なんですけど、比企谷が当事者として、ダンスする側に参加する、表側に出るという変化はありそう。まぁ、これは私の妄想ですけど、いずれにしても、今後もオープニングの変化からは目が離せませんねぇ。

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第3話の感想&考察のまとめ


「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」エンディング映像

平塚先生が「立つ鳥跡を濁さず」と言って、荷造りの済んだ段ボール箱を眺めているシーンも気になりますよね。言葉の意味と、段ボール箱から察するに、平塚先生はどうやら辞めちゃうらしいですね。

このあたりの伏線が、どのタイミングで、どう回収されるのか、楽しみにしておきましょう。

それでは、最後に『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第3話の感想&考察について、まとめておこうと思います。

  • 一色いろはの「お兄ちゃんをやめたほうがいい」という発言(反・お兄ちゃん理論)は、「保護者目線じゃなくて、ちゃんと同じ目線の高さで私を見てください」という訴えなのではないか?
  • 「冷静である」ことのアイコンとして、あるいは「覚めている」ことの象徴として、コーヒーという小道具が使われているのではないか?
  • 常にコーヒーを飲んで「覚めている」比企谷が、「酔えない」のも無理はない
  • 優秀すぎる母親に逆らうことができず、陽乃も雪乃も主体性を奪われている
  • 雪ノ下家には、他者の主体性を奪うという恐ろしい遺伝的気質があるのではないか?
  • 雪乃がダンスの主導権を握っている場面を描くことで、プロム企画の主導権も雪乃に握られているということが暗に示されている
  • オープニングの天気の変化は、雪乃の心情の変化を表している
  • 雪→晴れへの天気の変化の次は、一人→複数人という人数の変化があるはず
  • オープニングにて、今後、比企谷が雪乃と手を取り合ってダンスをするシーンに変わる可能性がある

はい。第3話の感想&考察はここまで。 

次回、第4話を観終わりましたら、そのときは、また更新します。

それでは、また次回、お会いしましょう~。

さようなら~。

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『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』の関連記事については、以下をご覧ください。

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