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【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第5話の感想&考察!「人」は支え合うものではなく、向き合うもの

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第5話の画像
©渡 航、小学館/やはりこの製作委員会はまちがっている。完

 「これで最後だから。これでちゃんと終わりにできる」

雪乃の意味深なセリフが放たれた『俺ガイル 完』第5話。この言葉の意味を考えると、なかなかに切なくなりますね。

比企谷との対決を決意したあとに、このセリフが出てくることを考えると、「これで最後」というのは、比企谷との対決(or関係)を最後にするという意味だと推測できます。

また、「これでちゃんと終わりにできる」というセリフから、これで比企谷への想いに決着をつけ、比企谷との関係を終わりにするという気持ちを読み取ることもできます。

おそらく、結衣の気持ちを知っている雪乃は、結衣に比企谷との関係を譲るつもりなのでしょう。これで最後、これで終わりにして、自分は2人の前から去ろうと考えているのかもしれません。

けれど、最後の涙から分かるとおり、「譲ろうとは思いつつ、比企谷への想いもまだ捨てきれない」そんな葛藤している様子を見て取ることもできます。

結衣が友情と恋心の狭間で苦しんでいたように、雪乃もまた友情と恋心の間でもがいているのでしょう。切ないですねぇ。

それから、勝負に勝ったあと、雪乃は比企谷に何を要求するつもりなのでしょうか?「私と縁を切って」とでも言うつもりなのか、あるいは、本心に従って「私の想いを聞いて」と言うつもりなのか……ただ、現時点では、前者に近いことを言う可能性のほうが高いですね。勝負の行方次第でもありますが、雪乃が何を要求するのか、今後の展開が楽しみです。

さて、今回は、切ないラストシーンが印象的な『俺ガイル 完』第5話の考察と感想をタバレ全開で書いていこうと思います。最近、記事が長くなりすぎだなと反省しているので、今回は5,000字に収まるレベルでコンパクトにまとめようと思います。平塚先生のことや、比企谷八幡の考え方について触れますので、お暇な方はぜひご覧ください。

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【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第5話のあらすじ


「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」オープニング映像

プロムの開催が危ぶまれるなか、比企谷八幡(ひきがやはちまん)は、教師・平塚静(ひらつかしずか)から、学校側としてもプロムは自粛の方向で進んでいるとの話を聞く。平塚先生や一色いろはとの会話を通して、比企谷は改めて、雪乃へのかかわり方を考える。

このままではプロムが中止になる。それを防ぐために、比企谷は雪乃に協力する旨を伝えるが、雪乃はそれを「ありがとう。でも、もういいの。それだけで十分よ」と言って、はねのける。

雪乃の言葉を受け、諦めたように見えた比企谷。だが、そのとき、比企谷は思いもよらない一言を投げかけた。

 

「だが、対立しないとは言ってない。俺とお前との間で意見が割れたらどうするかなんて、決まってるだろ?」

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第5話の感想&考察① 人との向き合い方を教えてくれる理想的な教師・平塚静

第5話を観て、改めて平塚先生の魅力にやられた人は多いはず。過去を振り返りながら物思いにふける。と思いきや、今度は拳を突き出し威勢よく、いま比企谷が理解すべきことを伝えてくれる。静と動の両方を兼ね備えた、そんな表現豊かな平塚先生の教師としてのあり方に、かくいう私もやられましたねぇ。

助ける」というかかわり方にこだわる比企谷に対して、平塚先生は「かかわり方が問題だ」と、いま比企谷が考えるべきことの方向性を提示してくれます。拳を突き出す表現で、「助ける」というかかわり方以外に、「勝負する」というかかわり方もあるだろ?と教えてくれているわけで。しかも、具体的な言葉で「こうすればいい」とは言わないあたりが、あくまでも生徒自身の考える主体性を尊重していて、それはそれで、すごくいい。

比企谷の主体性を奪わないよう、アドバイザーにはなっても、答えは示さないという絶妙な距離感で、比企谷にヒントを与えているのです。「教えないで、分からせる」というのは、簡単にできることではありません。それができる平塚先生は、教師の鏡と言っても過言ではありませんね。まさに、理想の教師ですよ。

また、これは細かい話ですが、このシーンでもう1つ気になったことがあります。それは、2人が飲んでいた「コーヒー」についてです。

平塚先生が持ってきたブラックコーヒーマックスコーヒーのうち、ブラックコーヒーを比企谷に差し出すと、比企谷は首を横に振り、平塚先生は結局マックスコーヒーを比企谷に渡すという場面。

単に比企谷がマックスコーヒー好きだから首を振ったと考えるのが普通ですし、基本的に私もその考えに異論はありません。ただ、うがった見方をしたくなるのが私の悪い癖でして。

前に別の記事で触れましたが、コーヒーはタバコやアルコールと同じように、「大人の記号」として使われていることがあります。同級生が甘い飲み物なのに、比企谷だけマックスコーヒーを飲んでいるのは、比企谷が「覚めている」からであり、「大人だから」と考えることができます。

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この観点から考えると、比企谷がブラックコーヒーに対して首を振った別の理由が見えてきます。マックスコーヒーとブラックコーヒーは、どちらも「コーヒー」であり、「大人の記号」として機能します。

しかし、苦さという点で、両者には違いがあります。ブラックコーヒーのほうが、マックスコーヒーよりも苦く、その分、大人としての記号的意味が強くなると解釈することもできます。平塚先生、あなたのほうが俺より大人でしょ?だったら、ブラックコーヒー飲んでよ。という意思表示と考えることも可能です。

これは、こじつけですけれど、同じ種類のコーヒーをそろえるのではなく、わざわざ違う種類のコーヒーをテーブルに置いた演出上の意味はあるはずです。意味もなく、違いを出すということは考えにくいので。

となると、やはり、苦みの違いで、大人としてのランクの違いというか、同じ大人の部類に属するとしても、平塚先生の方がより大人であるという表現をしているのではないか、と邪推することも可能なわけです。

こう考えると、たった1つのコーヒーにも、いろいろな見方ができて面白いですよね。

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第5話の感想&考察② 「人」は支え合うものではなく、向き合うもの

 「だが、対立しないとは言ってない。俺とお前との間で意見が割れたらどうするかなんて、決まってるだろ?」

この比企谷のセリフを聞いたとき、「きた!」と、私は歓喜しましたよ。久々の比企谷節がさく裂しましたからね。対決を宣言するこのシーンは、テーマ的にいろいろと興味深い場面でした。

第1期の学園祭で、「」という字について、比企谷は「人と人が支え合ってるんじゃなく、これ、寄りかかってるよな」という趣旨のひねくれた発言をしていたと思います。

つまり、人という字から読み取れるのは、互いに寄りかかっている人間の姿であり、これはまさしく「共依存」の姿と見て取ることができるわけです。比企谷はそんな共依存を強く嫌っていましたが、第3期では陽乃から「君たちの関係は、共依存だ」と痛烈な一言を浴びせられることになりました。

では、そんな比企谷自身が大嫌いな共依存から、どうやって抜け出せばいいのか?この問いに対して、比企谷が辿り着いた答えが、「対決」だったのです。対決とはつまり、個人と個人が向き合って、戦うことを意味します。

人という字のように寄りかかる共依存ではなく、自立した個人と個人が向き合う「対決」にこそ、共依存ではない、本物のかかわり方があることに比企谷は気づいたのです。

この落としどころはすごいですよね。一般的なよくある物語なら、支え合うことの重要性みたいなところへ結論がいってしまいがちですが、『俺ガイル』では、「支え合うのは依存であり、向き合うことこそ真の人間関係だ」と新たな価値観を提示しています。

比企谷と雪乃が机を挟んで向かい合っているのも、彼らのかかわり方を象徴していて、興味深いですね。けっして、べたべたするのではない。けっして、もたれかかるわけではない。あくまでも、違う人間として、互いの自立心を尊重して、向き合う。

人は支え合うものではなく、向き合うものという考えが、構図やセリフのなかに込められていて、とても素晴らしいシーンだと思いました。感服しました。

【俺ガイル 完】『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第5話の感想&考察のまとめ


「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」エンディング映像

それにしても、比企谷はどうやってプロムを成功へ導くつもりなんでしょうかね。まだヒントが少なすぎて、私にはよく分かりませんが。

おそらく、比企谷はこのあと、学校の外へ目を向けることになると思います。まぁ、ミスリードの方法としてはよくあるのですが、まず、学校内という小さな世界に観客の目を向けさせて、解決策がないかのように見せる。そのあと、学校外へ視点を広げていき、学校内だけでは見えなかった打開策が見えてくる。

という内側から外側への視点の切り替えにより、 観客が思いもよらないような答えを導き出すパターンなんじゃないかと思います。

現時点では、学校内に視点が固定されており、第2期で一緒に活動したほかの学校のキャラクターへの言及が避けられています。もしかしたら、話の流れを読まれないように、あえて、そういったキャラクターの存在を消しているのかもしれません。

そう考えると、今後は学校外の人間とのかかわりが増え、そこから何かの打開策を打ち出すものと推察されます。たしかに、ほかの学校との合同企画という形で、プロムを開催する方法はありそうですね。基本的には自粛の形で進め、自由参加で他校との合同企画としてプロムが開催されれば、1校が自粛しているからという理由だけで、プロム全体を取りやめることはできなくなるでしょう。要は、リスク分散というか、そういう方法論をとる可能性はありそうですね。

今は1校のなかで解決しようとしすぎなので、これをどう広げていくかが、ポイントになってくるような気がします。いやぁ、楽しみだなぁ。

さて、それでは最後に 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』第5話の感想&考察をまとめておこうと思います。

  • 静と動の両方を兼ね備えた、そんな表現豊かな平塚先生にやられた
  • 平塚先生は、比企谷の主体性を奪わないよう、アドバイザーにはなっても、答えは示さないという絶妙な距離感で、比企谷にヒントを与えている
  • 平塚先生の飲むブラックコーヒーのほうが、比企谷の飲むマックスコーヒーよりも苦く、その分、比企谷より大人であるという記号だと解釈できる
  • 人という字のように寄りかかる共依存ではなく、自立した個人と個人が向き合う「対決」にこそ、共依存ではない、本物のかかわり方があることに比企谷は気づいた
  • 比企谷と雪乃が机を挟んで向かい合っているのも、彼らのかかわり方を象徴していて、興味深い
  • 「人は支え合うものではなく、向き合うもの」という考えが、構図やセリフのなかに込められている

はい。今回の感想&考察はこのあたりで終わろうと思います。

冒頭で予告したとおり、今回はちゃんと5,000字以内にまとまりました。

次回以降も読者の負担にならないよう、可能な限りコンパクトにまとめようと思います。

それでは、第6話を観終わりましたら、記事を更新しますので、そのときにまたお会いしましょう。

さようなら~。

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 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』の関連記事については、以下をご覧ください。

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