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『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の感想・ネタバレ考察!自閉的ヒロイズムから解放された生駒と、萌え度がアップした無名の魅力に迫る!

「今度こそ俺は……俺の誇れる俺になるんだ!」

この生駒の名台詞から早いもので、もう3年が経過しました。2016年4月からノイタミナ枠で放送されていた『甲鉄城のカバネリ』。『進撃の巨人』でお馴染みの荒木哲郎監督が監督を務めることもあり、放送当時から注目されていた一作。

私自身『進撃の巨人』に熱狂していた人間の1人として、同じ監督、同じWIT STUDIOによって制作された『甲鉄城のカバネリ』というオリジナルアニメに大きな期待を寄せていました。テレビシリーズは、その期待通りの快作で、テーマ、映像、シナリオ、どれをとっても非常にレベルが高く、最初から最後までハラハラしながら鑑賞することができました。

続編として3年ぶりに『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』が全国劇場で公開されました。同時に、AmazonプライムやNETFLIXでも、1本の映画ではなく、3話構成に組み直した形で現在も配信されています。

私は劇場ではなく、Amazonプライムで視聴しました。賛否両論があるのは存じていますが、私はかなり楽しめました。そもそも、このブログでは面白いと感じたもの以外、紹介しませんので、ここに取り上げている時点で、かなり楽しんだ作品なわけです。

『進撃の巨人』の立体起動装置の動きを臨場感のある映像として実現したWIT STUDIOの巧みな技術が、今回も存分に活かされていましたね。無名の戦闘シーンを主軸に置き、俯瞰からの人物のアップ、自在な視点変化、なめらかでありながら重厚感のある動作、そのどれもが息をのむほどに洗練されており、画面の向こう側を五感で感じることができたくらいです。

白熱したバトルを描いたと思ったら、今回は実にピュアな恋愛模様まで描かれていました。テレビシリーズのときもそうでしたが、話自体の緩急のつけ方がやはり卓越していますよね。闘いから日常、日常から闘いへの変化が実にスムーズで、観客を休憩させつつ緊張感を継続させることにも成功しています。68分ほどの短い作品ではありますが、様々な技術が結集した非常に濃度の高いものに仕上がっていました。

そんな『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の感想について、今回は少し深掘りしながら書いていこうと思います。当ブログでおこなうのは、高尚な正しい解説ではなく、私の妄想解説になりますので、その点はご了承ください。また、最初から最後までネタバレ全開で感想を述べていきますので、その点も理解してご覧いただけると幸いです。

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の画像

©カバネリ製作委員会

kabaneri.com

これは余談ですが、『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』には、ストーリーのギミックとして、やはり『進撃の巨人』で得た知見が活かされていましたね

物語の序盤、生駒がカバネの同じ方向から伸びる足跡に注目したシーン。本来、知能がないはずのカバネが統率された行動をとっていることから、生駒はカバネを操っている舵取りがいるはずだと考える。

これは『進撃の巨人』でも確認できるギミックですよね。『進撃の巨人』の場合は、本来、知能を持たないはずの巨人が統率された行動とっていることに違和感を持つという展開があったと思います。

「知能のない者」が「知的な行動をとる」ことに対する違和感。この仕組みは意図的に利用していると考えられます。私の邪推かもしれませんけどね。

さて、世迷言はこのくらいにして、『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の感想&ネタバレ考察を見ていきましょう。

 

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』のあらすじ


劇場中編アニメーション『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』 本PV2

極東の国、日ノ本。突如として出現した動く死体、カバネによって、国土のすべてが覆いつくされようとしていた。カバネは固い皮膜によって心臓を守られ、噛みついた人間をカバネに変えてしまう能力を持っていた。そんなカバネと人間の両方の気質を持ったカバネリとして、生駒と無名はカバネと闘い続けていた。

美馬を倒した後、生駒と無名を乗せた甲鉄城の姿は、北陸の要衝「海門(うなと)」にあった。だが、海門には大量のカバネがおり、先に進むことができない。そこで甲鉄城は、玄路、虎落、海門の民の連合軍に参加することになった。しかし、海門奪還作戦が順調に進められると思われた矢先、生駒と無名は不可解な頭痛に悩まされ、呼応するように海門にいる民も恐怖や怒りを募らせるようになっていた。海門城の秘密。生駒と無名の関係。様々な因果が絡み合いながら、海門陥落の作戦が強行されることになったがーー。

 

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』のスタッフ

・監督・脚本:荒木哲郎

・構成:大河内一楼

・キャラクター原案:美樹本晴彦

・アニメーションキャラクターデザイン・総作画監督:江原康之

・サブキャラクターデザイン:尾崎智美、山内遼

・コンセプトアート:よー清水、森山洋

・デザインワークス:刑部一平、胡拓磨、村田護郎

・プロップデザイン:常木志伸、吉川真一、西原恵利香

・美術デザイン:平澤晃弘、谷内優穂、杉本智美

・メイクアップアニメーター:中愛夏、三田遼子

・美術監督:吉原俊一郎

・色彩設計:橋本賢

・3D監督:廣住茂徳、今垣佳奈

・撮影監督:山田和弘

・編集:肥田文

・音響監督:三間雅文

・音響効果:倉橋静男、山谷尚人

・音楽:澤野弘之

・アニメーション制作:WIT STUDIO

・主題歌:EGOIST「咲かせや咲かせ」(SACRA MUSIC)

(HPより抜粋:公式サイトhttps://kabaneri.com/

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』のキャスト

・生駒:畠中祐

・無名:千本木彩花

・菖蒲:内田真礼

・来栖:増田俊樹

・鰍:沖佳苗

・侑那:伊瀬茉莉也

・巣刈:逢坂良太

・吉備土:佐藤健輔

・鈴木:マックスウェル・パワーズ

・景之:三木眞一郎

(HPより抜粋:公式サイトhttps://kabaneri.com/

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の感想① 無名の萌え度がアップしていた件について

「海門決戦の魅力は何ですか?」と聞かれたら、まず「とにかく無名が可愛い」と答えると思います。『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』は、無名の魅力を最大値まで引き出すために作られたのではないかと思うくらい、無名の心情にフォーカスした内容となっていました。

全体を通して、無名の主観を中心に描かれていた印象があります。テレビシリーズの主役が生駒だとしたら、『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の主役は無名だと言えます。ヒーローからヒロインに主役のバトンタッチがあったわけですね


劇場中編アニメーション『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』ティザーPV

モノローグを用いた無名の心情描写や、多彩な表情の変化が見どころの1つとなっています。例えば、カバネを討伐している最中は、いつもどおりのクールな表情だけれども、生駒に助けられたときは思わず眉を垂らして頬を赤らめてしまう。

鰍と編み物をしているときも、「それって結婚してって言われたってこと?」と鰍に言われ、何度も「違うからね!」と否定しながら顔は真っ赤な状態。鉱山時代のトロッコ用の坑道に潜入する際、穴倉に落ちてしまった無名は、生駒からもらった輝石に手を当て、自分が寂しがっていることに気づき、体を縮こまらせて情けない表情になる。

このように、無名の表情の変化が多彩に描き分けられており、テレビシリーズのときよりも感情移入しやすいキャラクターとなっていました。泣き顔やショックを受ける顔も印象的でしたね

もともと無名は強い人物ですから、そういった武闘派の人物の場合、寂しさや悲しさなどが垣間見えると、いつもの印象とのギャップでより魅力的に見えます。湿っぽい無名がとてもよかった。

衣装に関しても、セーターを着ることによって、いつもより柔らかみのある印象になり、女の子らしさが表現されていました。胸のあたりのしわが強調されていたり、光の斑点が体にたくさん描かれていたり、無名の艶っぽさも同時に描かれていました。

もちろん、戦士としてのかっこよさもきちんと表現されています。おなじみの時間をはかって闘う場面や、自分の体を回転させたり、銃を回転させたりしながら、自由自在に動き回るスタイリッシュな戦闘シーンには、無名の戦士としての魅力が詰まっていました。

ちなみに。これは余談ですが、戦闘シーンのとき、いつもは時間ピッタリで闘う無名が時間をオーバーしてしまうあたりで、物語における「異変」をにおわせているのが話の作り方としてうまいなと思いました。時間オーバーから頭痛によって「異変」を段階的に示唆することにも成功していますよね。

話が少しわき道にそれましたね。話を戻します。このように、『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』では、戦士としての無名と、女の子としての無名の2つの面を楽しむことができます

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甲鉄城のカバネリ 無名 浴衣Ver. 1/7スケール ABS&PVC製 塗装済み完成品フィギュア

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もとから、無名は「萌え要素」と「スタイリッシュ要素」の2つを持っているカッコカワイイ人物です。可愛いのに強いみたいな、「~なのに~」という二面性の魅力を無名は持っています。

しかし、これまでは「外見的な萌え」は強調されていたものの、「人格面での萌え」が抑えられていました。そこが『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』では解放されていましたね。

表情の激しい変化、贈り物をするという可愛い行動、モノローグで語られる生駒への恋心など、人格面での萌え要素が強化されたことにより、闘いの部分との落差がさらに際立ち、ギャップ萌えの最大値が増えました。キャラクターデザインとしての萌えに、人間としての萌えがプラスされたと言ってもいいでしょう

また、無名以外にも 『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』では、各キャラが色気づいており、ニヤニヤする場面がたくさん用意されていたのも、私としてはgoodなポイントでした。

特に、来栖と菖蒲は露骨でしたね。2人で剣術練習する場面は、いや剣術指導という名のイチャイチャタイムでしょう、と思ったくらいでした。甲鉄城の運転手である侑那と巣刈の関係性も少し進展している感じでしたよね。

侑那のほうがクーデレ風に巣刈を気にかけている様子が面白くて仕方がなかったですよ。坑道からカバネが出現していることを知った巣刈が「俺たちに調査に行かせてください」という場面。

侑那は巣刈の発言を聞いて、一瞬だけため息をついて目を伏せます。巣刈が心配で仕方がないけど、はっきり口にできるほど素直でない辺りが、侑那のいじらしい部分ですよね。

全体的に萌え要素がプラスされ、テレビシリーズ以上に様々な魅力を放つキャラになっていました。話自体が殺伐としているので、萌えがより際立った感じですね。みんなが可愛くなっていて、それだけで私は結構満足でしたよ(笑)

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の感想② 「戦」と「恋愛」を両立させた二重構造の構成!

ここでは、話の構造について語りたいと思います。『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』は大きく2つの軸で話が進む二重構造を採用しています。海門奪還作戦」と「恋愛」の2つを同時に動かすことで、観客を飽きさせないようにしています。どうやって、この2つの要素を滞りなくストーリーに組み込んでいるのか、その仕組みを見ていきましょう。

まず、生駒と無名の関係性を描くためには、彼らを二人きりにする必要があります。だからこそ、海門奪還作戦は前線と後方の両方から進める必要があったのです。前線では来栖や菖蒲などのキャラに活躍してもらい、後方は無名と生駒の2人だけにする(後ほど巣刈たちと合流するが、ここでは一時的にでも二人きりにするのが重要)。

こうすれば、自然と無名と生駒の恋愛描写を描くことができます。前線と後方で話の軸を分けたことにより、「俺から離れるな」のシーンが可能になったと言えます。また、話を分割することによって、観客の視点をA地点とB地点を行ったり来たりさせ、飽きがこないようにする効果も期待できます。

 

話の盛り上げ方も巧みだったと思います。

異変→仲違い→危機→救出による仲直り(小ボス)→敵を共闘して排除(中ボス)→ラスボスの登場と危機回避→危機を乗り越え恋が成就

だいぶ簡略化しましたが、だいたいこんな感じのプロットでしたね。重要なのはボスが3回出てくるところですね。少しずつレベルの高いボスを登場させることで、階段をのぼるように、観客のテンションを上げることができるわけです。

話の二重構造を成立させるために場所を分割し、話を盛り上げるために3段階のインフレを使っている点が『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の特徴だと言えるでしょう。

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の感想③ 自閉的ヒロイズムは「死」と同じ

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』では、冒頭で「生」と「死」のテーマが提示されています。冒頭、血まみれの地蔵と風車が一瞬だけ映ります。その風車は回っているものと、回っていないものが描かれており、この時点で「回る=生」、「止まる=死」という暗喩を読み取ることができます。

その後、怒涛の勢いでカバネを倒していく無名だが、足元が崩れたとき、一瞬だけ死を意識します。無名は「蝶に呼ばれている」という言い方で死の予感を表現しています。ですが無名はその後、生駒からもらった輝石に手を当て、「生きるのに必要なもの、それはとってもささやかなもの。ほのかに道を照らす小さな約束」と言って生駒との約束に想いを馳せています。

蝶=死」、「輝石=生」のイメージがここから読み取れます。無名にとって、生駒からもらった輝石は約束を思い出させるものであり、約束は生きる希望でもあります

約束とは「人と人のつながり」がなければ成立しないものです。その約束が「生きるのに必要なもの」ならば、つまり、無名にとっての「生」とは他者とのつながりを持っている状態のことを指していると考えられます。

互いに思い合う関係ができてないと約束は発生しませんし、約束を守ることもできません。無名は生駒との想いのつながりを生きる希望にしているのです。

一方、カバネは物理的には、生きている状態ですが、他者との思い合う関係は持っていません。かつて無名がなった「黒煙」も恐怖に囚われ、人とのつながりを遮断している存在でした。生きていても、誰ともつながっていない存在は、「死」んでいるのと同じ。つながりを持つ「生」と、つながりのない「死」というイメージが劇中から読み取れるわけです

そして実はカバネと同じように生駒も、劇中の途中まで、周囲との関係性を断っていました。軍法会議の際に信用してもらえなかった生駒はいら立ち、無名の言葉に対して、「俺はいつ死んでも構わない!」と自閉的な返事をしてしまいます。

海門城の黒煙の影響があったとはいえ、生駒は自己犠牲的な発想に囚われ、自分なんか死んでもいいと考えていました。生駒は無名との約束、いうなれば、無名とのつながりを忘れて自滅的になっていたのです。そのことに無名は嘆き悲しみます。

無名からすれば、「約束」を通して生駒とつながっていると思っていたのに、生駒は約束を忘れていたのですから、2人の間の関係性が壊れてしまったと感じ、無名は悲しくなったのでしょう。

あのシーンで生駒は一瞬、カバネのようになっていますが、それは「約束」を忘れ、他者とのつながりを持たない存在になっていたからだと考えられます。先ほども言ったように、他者と思い合う関係がある状態が「生」、つながりのない状態が「死」です。

生駒は生きながらにして「死」んでいたわけです

これは天守閣にいた景之にも言える話です。景之は娘を殺されたことから、怒りと憎しみに囚われ海門城の天守閣に籠るようになりました。景之は人との関係性を遮断し、憎しみだけを増幅させ、誰とも関係性を築いていません。憎しみだけに囚われ、カバネと同じような状態になっていたのです。彼もまた生きながらにして死んだ存在でした。

しかし、無名が語っているように生駒は景之とは違いました。生駒は約束を思い出し、無名とのつながりに気づいたからです。

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生駒は景之との決戦の前に、「今度は止めるぞ、俺たちで」と言います。「俺たち」というのがキモです。生駒は少し前まで「俺ひとりで」と言っていた人物。自分だけで解決しようとしていた自閉的ヒロイズムから解放され、「俺たち」つまり、一緒に闘うことを決意するようになるわけです。憎しみや怒りに囚われて、孤立していた景之とはこの点が大きく異なっています。

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』には、こうした、つながる「生」と、つながらない「死」がテーマとして描かれているように思います。物理的に生きている死んでいるではなく、人間として生きている条件として、人と人とのつながりが必要であるということを、語っているような印象を受けました。

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の感想④ 「ウイルスの感染」を通して描く「負の感情の感染」というテーマ

今作だけでなく、『甲鉄城のカバネリ』のテレビシリーズとも共通するテーマなのですが、「負の感情の感染」については今回もしっかり描かれていました。

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』では、海門城の黒煙が原因で、人々の恐怖や不安といった負の感情が煽られていたことが判明します。カバネは負の感情を伝播する存在と考えていいでしょう。

カバネは人を喰らって、ウイルスに感染させ、カバネにしてしまいます。このウイルスに感染するというのと、負の感情に感染するというのはシンクロしているように思います

負の感情をぶつけられると、自分の中にも怒りや憎しみが発生してしまいますよね。最初の生駒がそうでした。そもそも生駒があれだけ怒りをあらわにしたのも、軍法会議で信用してもらえなかったことに原因があります。不信が怒りを生んだわけです。

ここから、負の感情が伝染しているのが分かると思います。それもすべては「カバネが恐い」という恐怖心からきています。恐怖心が不信を生み怒りにつながる。こうして負の感情のスパイラルが出来上がるわけです。まるで、カバネが人をカバネにしてしまうように、人の感情は簡単に感染してしまいます

海門奪還作戦が予定より早く実行されたのも、恐怖心が影響しているものと考えられます。本来なら準備を整えて万全の状態で闘った方が勝率が上がるのは間違いない。にもかかわらず、彼らは正気を失って時期尚早な決断をし、自滅していくことになります。カバネに対する恐怖心が冷静な判断を疎外し、愚かな選択へと彼らを導いたのです

この「負の感情の感染」は、現代社会でも起こっていることですよね。SNSの炎上なんていうのはまさにその典型例です。ちょっとしたツイートに対して、怒涛のように怒りのコメントが集まり、それが拡散され、あっという間に怒りや憎しみのコメントで埋め尽くされる。

誰かが誰かを批難すると、その感情は瞬く間に拡がり、負の感情の連鎖が始まります。まるでカバネに噛まれた人間のように、どんどん負の感情が感染していく。『甲鉄城のカバネリ』に描かれていることには、こうした現代社会が持っている問題と重なる部分が多いと私は感じています。

けれど、伝わるのは負の感情だけではありません。人を思いやる感情もまた、人に伝えることができます。生駒が最後のシーンで、そのことを説明してくれていました。

「誰かを思いやる心をなくさなければ、それは静められると思うんだ。あのとき、俺たちを包んだ光のように。だから心配しなくてもいいんだ」

(引用:『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』より)

人を憎む感情が感染するのは止められないが、人を思いやる気持ちを思い出すことによって負の感情を打ち消すこともできる。負の感情の感染があるのなら、人を想う気持ちも同じように伝わるはずです。

生駒の言葉は本質を言い当てているように感じました。誰かに攻撃的になったとき、思い出したい言葉ですね。ファンタジーでありながら、そこには現代につながるテーマが潜んでおり、テーマ性の部分でも『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』は興味深いものでした。

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の感想⑤ EGOISTの『咲かせや咲かせ』で踊る無名や生駒の姿に真のハッピーエンドを感じた!


劇場中編アニメーション『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』咲かせや咲かせPV

エンディングに関しては、「みんな可愛い」以外に言うことはないですね。みんな可愛いに尽きますね、本当に(笑)それは、男子女子関係なくですよ。

あとは、話全体が「冬」のイメージだったのですが、このエンディングでは桜が舞い散り、「春」の温かな世界が広がっています。彼らの行く末の明るさを感じさせてくれるところもよかったですね。

劇中で無名が穴倉に落ちたときは、寂しい青い色の世界が広がっていましたが、2人の恋が成就した瞬間、桜満開の景色に様変わりするあたりも、色彩とキャラの関係性の変化がリンクしており、グッときましたね。

思わず何度も観てしまうエンディングですよね。着物の袖がひらひら舞う辺りとか、アニメーターの魂を感じますし、着物の脇がチラチラ見えるのも、チラリズム的な感じでいいですしね。いやぁ、皆さんも、何回も観てください。私が言えるのは、それくらいです。

『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』の感想・ネタバレ考察のまとめ

アクション、恋愛、踊り、テーマなど……魅力がテンコ盛りな『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』。それでは、最後に私の感想をまとめておこうと思います。 

  • 「知能のない者」が「知的な行動をとる」というギミックは『進撃の巨人』で得た知見を使っているのではないか?
  • 今作の無名は、キャラクターデザインとしての萌えだけでなく、人間としての萌えが強化されていた
  • 海門奪還作戦を前線と後方に分割したことによって、「」と「恋愛」を分けて描くことができ、かつシーンを行ったり来たりさせることで、観客のテンションを維持することに成功している
  • 小ボス→中ボス→ラスボスという形で、敵を徐々に強くしインフレ効果をもたらしている
  • 他者とつながっている状態は「」であり、つながりを断っている状態は「」である
  • ウイルスの感染は、負の感情の感染を暗喩している
  • 思い合う気持ちがあれば、負の感情を浄化することもできる
  • 踊りがとにかく可愛い(笑)

こんな感じですかね。

話として大きな動きがあったわけではありませんが、『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』は人間関係において大きな変化がありましたね。今回のテーマはおそらく「人と人のつながり」だったと思われます

だからこそ、生駒と無名の関係性の変化がフォーカスされていたのかもしれません。頭からお尻まで堪能できました!とりあえず、『咲かせや咲かせ』とみんなの踊りが頭にこびりついているので、もう一度観ようと思います。皆さんも、ぜひもう一度『甲鉄城のカバネリ 海門決戦』を観て楽しんでくださいね。

はい、ということで、今回のレビューはここまで。

また次回のレビューでお会いしましょう!さようなら~~(^^)/