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『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』の感想!狡噛慎也は「過去」と「殺意」にどう向き合ったのか?

『PSYCHO‐PASS サイコパス』劇場版3部作『Sinners of the System』シリーズがついに完結!いよいよ狡噛慎也が登場するということで、私もワクワクしながら、去る3月10日(日)に『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』を観に行きました。

そしてブログをアップした日が、3月22日(金)……。すでに映画を観てから、2週間近くが経過しているという。どんだけ時間かかっているんだという話ですよ。

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』は、本当にテーマ性が濃い作品でですね、単に感想を書くだけでも、相当論点を精査しないといけなかったんです。それで、こんなに時間がかかってしまったという。

はい、言い訳です、すみません!心待ちにしてた皆様、お待たせしました!ということで、今回も私なりにいろいろ考えてみたので、映画とあわせて、ぜひこちらの記事も楽しんでいただきたい!

 

ではさっそく、『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』の話に移ります。そして先に言っておきます。今作『Case.3 恩讐の彼方に__』は、3部作の最後を飾るに相応しい名作でしたよ!名作だと感じたのは皆さんも同じようで、実際に、ぴあ映画の「初日度満足度ランキング」では2位にランクインしていました。

case.1では、霜月美佳と宜野座伸元。case.2では、須郷徹平と征陸智己。『Sinners of the System』では、このように、テレビシリーズでサブキャラクターとして活躍していた彼らにスポットライトが当てられていました。

kirimachannel.hateblo.jp

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そして、今作『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』でついに、主役の登場!サブキャラクターからメインキャラクターへ、バトンタッチしていく流れ自体が、インフレ効果を生んでいて、素晴らしいなぁと思います。

2113年に槙島聖悟を殺害し、日本を逃亡してから約4年が経過。2116年のSEAUn(東南アジア連合・シーアン)でのシャンバラフロートのサイコパス偽証事件を経て、狡噛の姿は南アジアに。この4年間、狡噛はいったいどんな葛藤を抱えて生きてきたのか、その点に踏み込んで、狡噛の心情をきちんと描き出そうとしているのが今作『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』でした。

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』のパッケージの画像
(C)サイコパス製作委員会

やはり、今作でも深見真の脚本には圧倒されました。case.2では主にミスリードの手法が優れていたように思いましたが、今作では、人間の感情の機微の伝え方が見事でした。狡噛慎也はもともと、あまり自分の心情を語るタイプの男ではないですから、そういう頑固な男の感情をどうやって伝えるのか、非常に難しい部分ではありますが、深見真は小道具や仕草などを用いて、その点を巧みに描き出しています。

今回は、こうした脚本の素晴らしさに触れつつ、小説『恩讐の彼方に』との関連性を絡めながら私の感想を書いていこうと思います。

PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』には、バトル、人間ドラマ、テーマなど様々な魅力が詰まっています。少々まどろっこしい話もしますけど、まぁ、できる限り楽しんでもらえるよう、ネタバレありで書いていくので、ぜひご覧くださいませ!

 

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自殺が存在しない国

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  • 作者:木島 祥尭
  • 発売日: 2020/09/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

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『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』の基本情報

www.youtube.com

☆スタッフ

  • ストーリー原案・監督:塩谷直義
  • 脚本:深見真
  • 総作画監督:恩田尚之、阿部恒、中村悟
  • 作画監督:中村深雪、諸貫哲朗、古川良太、阿部恒、竹内知海、市川美帆、黄瀬和哉、新野量太、古川尚哉、中村悟
  • 演出:河野利幸、遠藤広隆
  • 撮影監督:荒井栄児
  • 3D:サブリメイション
  • 色彩設計:上野詠美子
  • 美術監督:草森秀一
  • 音響監督:岩浪美和
  • 音楽:菅野祐悟
  • キャラクターデザイン:恩田尚之、浅野恭司、阿部恒
  • シリーズ原案:虚淵玄
  • キャラクター原案:天野明
  • アニメーション制作:Production I.G

 ☆キャスト

  • 狡噛慎也:関智一
  • テンジン・ワンチュク:諸星すみれ
  • 花城フレデリカ:本田貴子
  • キンレイ・ドルジ:志村和幸
  • ギレルモ・ガルシア:磯部勉
  • ツェリン・グルン:高木渉
  • ジャン=マルセル・ベルモンド:鶴岡聡

(C)サイコパス製作委員会
(HPより抜粋:公式サイトSTAFF&CAST-Case.3|PSYCHO-PASS Sinners of the System)

☆あらすじ

2116年に起きた東南アジア連合・SEAUnでの事件後、狡噛慎也は放浪の旅を続けていた。南アジアの小国で、狡噛は武装ゲリラに襲われている難民を乗せたバスを救う。その中には、テンジンと名乗るひとりの少女がいた。かたき討ちのために戦い方を学びたいと狡噛に懇願するテンジン。出口のない世界の縁辺で、復讐を望む少女と復讐を終えた男が見届ける、この世界の様相とは…。(HPより抜粋:公式サイトSTORY|PSYCHO-PASS Sinners of the System)

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』の魅力① 「殺人しない」→「殺人する」という行動の変化によって、狡噛の心情変化を表現している

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』はCase.2に引き続き、深見真が脚本を担当したこともあって、話の作りこみが凄まじかったですよね。前作に比べると、話のテンションがトーンダウンした印象を持たれた方もいると思います。確かにドラマ的にはCase.2ほどの盛り上がりはありませんでしたが、実はテーマはこちらのほうがより深いものとなっています。

まずポイントになるのは「殺人」を用いて描かれた「人間の意志」というサイコパスシリーズに通底するテーマです。では、映画のシーンを振り返りながら、「人間の意志」について見ていきましょう。

映画の冒頭。血の川が流れている印象的なシーンからスタート。ここが戦地であり、物々しい話が始まることを示唆する印象的な鳥瞰映像でした。つづいて、チベット・ヒマラヤ同盟王国国境付近のとある酒場で、狡噛が男たちと乱闘しているシーンに移ります。まるでブラックラグーンを思わせる酒場での乱闘です。こういうの私は大好きなんですよねぇ。

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狡噛は襲撃者を軽くあしらいます。狡噛は相手を殺すことなく、「もういいだろう」と言って襲撃者を追い払う。しかし、目を離した隙に、襲撃者の1人が狡噛を背後から撃とうとする。

それを見たギレルモ・ガルシアは、男にナイフを投げつけて、殺害する。そこで、ガルシアの放ったセリフが印象的でした。「お前が甘いから、俺があいつを殺すことになった」と、ガルシアは話していました。

そして、実は似たようなシーンが映画の中盤にも登場していました。覚えていらっしゃる方も多いでしょう。首都・レジムチュゾムへの補給物資を運搬中に謎の武装ゲリラによって、補給部隊が襲撃を受けていることを知らされた狡噛とフレデリカは現地へ急ぐ。狡噛とフレデリカは共闘しながら、ゲリラ部隊を着実に無力化していきます。

しかし、狡噛はゲリラ部隊の少年を見逃し、その隙に背後から撃たれてしまいます。狡噛はこの混戦の中で人を1人も殺していません。無闇な殺生をしないという点では高潔さを感じますが、殺すか殺されるかの戦場において、相手を見逃すというのは命取りになります。

実際、狡噛は命を落としかけました。しかも、狡噛が見逃した相手を、フレデリカがかわりに撃ち殺すという結果になった。狡噛が見逃した敵によってピンチになった狡噛を助けるために第三者がその敵を代わりに殺す。これ、どこかで見た構図ですよね?

実は、ガルシアが襲撃者の男をナイフで殺したときと同じ構図なんです。冒頭のやり直しをしているんです。狡噛が殺せなかったせいで、ほかの人間が手を汚す羽目になっているわけです。

ここに表現されているのは、狡噛の宙ぶらりんな気持ちだと、私は考えています。日本から逃亡して傭兵となった狡噛ですが、その割にはあまり人殺しをしません。傭兵なら敵を殺すのが普通です。

なのに、狡噛は人を殺さない。ここから分かるのは、狡噛は傭兵になり切れていないということ。だから、フレデリカと夜中に2人で話しているシーンでも、「俺は傭兵のままでいいのか」みたいな悩みを告げていましたよね。態度にはあまり出ませんが、狡噛はどうやって生きていけばよいか迷っているのです。その揺らぎが、「戦場なのに人を殺さない」という選択を生んでいます。

明確な目的意識を失っているとも言えます。第1期のラストで、槙島を殺したときは「復讐」という明確な目的意識がありました。だからこそ、狡噛は「殺人」に及ぶことができた。しかし、いまの狡噛にはそれがない。

ここから読み取れるのは、狡噛にとって「殺人」という行為には「意志」が欠かせないということ。またもや「意志」ですよ。槙島が第1期のときに、劇中で問いかけていたのはまさに、この部分でした。

mensHdge technical statue No.2 PSYCHO-PASS サイコパス 槙島聖護

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シビュラシステムに判断をゆだねるだけの人間を、本当に人間と呼べるのか?これが槙島の持っていた問題意識でした。

狡噛はシステムから逃れて、「殺意」という明確な意志を持って槙島と対峙した。第1期で槙島は「ついに偽りの正義を捨てて、本物の殺意を手に取ったか」と語っていました。そして、狡噛は槙島が言うように、殺意という明確な意志を持っていました。

しかし、日本から逃亡し傭兵として生活する日々で狡噛はふと思った。「傭兵として誰かに飼われている現状は、まるでシビュラシステムで飼われていたときの自分と同じなのではないか?」と……。フレデリカと夜中に語り合うシーンではこうした葛藤が表出していましたよね。

サイコパスの一貫したテーマである「意志」を狡噛は失い、狡噛は傭兵でありながらも人を殺さないという中途半端な状態に陥ってしまったのです。

しかし!今作『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』で、狡噛は一度だけ人を殺しています。そう、クライマックスで狡噛はガルシアを殺害しているのです。「殺人をしない」から「殺人をする」という非常に大きな変化を見ることができます。

ガルシアを殺害する狡噛には明確な目的、いうなれば「意志」がありましたよね。テンジンの家族を死に追いやった当事者であり、マッチポンプ方式で紛争を影で操っていたガルシアをこのまま野放しにしたら同じようなことが各地で繰り返されるし、なにより家族を失ったテンジンの無念を晴らせなくなってしまう。

こうした諸々の理由により、狡噛は「殺意」を持ってガルシアを殺しました。要するに、「殺人」という行為を通して狡噛が「意志」を取り戻す姿がここに表現されているわけです。最初は目的もなくただフラフラしている傭兵だったため「殺人」を避けていたが、自分の目的や意志を獲得したとき、狡噛は相手を殺すという選択肢を選ぶことができたのです。

すごいですよね、この変化。まさか「殺人」を通して、狡噛という人間の意志を表現するとは思ってもみませんでした。いやぁ、すごい!

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』の魅力② 狡噛慎也とテンジン・ワンチュクが映し鏡になっていた

今作『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』では、テンジン・ワンチュクという女の子がいるおかげで、狡噛は自分の過去と向き合うことになります。ここでは、この2人の関係の重要性についてお話しようと思います。

冒頭、武装ゲリラに襲われていた難民バスを助けたことをきっかけに、狡噛はテンジンに戦い方を教えることになります。狡噛に「闘い方を教えてほしい」とお願いするシーンはテンジンのキャラクター性を表現していてよかったですよね。

ガツガツご飯を食べたり、ご飯粒がほっぺたに付いていたり、彼女の明るさが前面に表現されていました。脚本の初稿段階では、テンジンは復讐に憑りつかれた暗めの女の子だったらしいのですが、塩谷監督の意向により明るい女の子として描き直したようです。

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』のテンジン・ワンチュクの画像

※来場者特典:テンジン・ワンチュクの設定資料

この選択は、結果的に大正解でしたよね。というのも、暗い過去を持っている女の子だからこそ、無理に明るくすることによって、不安や悲しみから遠ざかろうとしている心の状態がかえって浮き彫りになってきますからね。

私は「精神の作用反作用」と呼んでいるんですけど……。人は辛い状況に陥ったとき、そこから脱するために、余計に明るく振舞ったりする。暗い精神状態が、暗い態度を生むとは限らないんですよね。

強引に反対の状態を作り出そうとするほうが、むしろリアルな人間なんじゃないかなと思うのです。何かを押したときに、押し返す力が生じるのと同じで、人間も辛い状況のときに、反対側に押し返そうとする反動が発生するような気がするのですよ。

まぁ、それはさておき。狡噛はそんな元気いっぱいのテンジンに護身術を教えながら共同生活を始めます。修行生活を続ける中、狡噛はテンジンを見ながら「復讐をしても意味はない。一度人を殺せば、もう殺す前の自分には戻れない。そして、その重さは時間が経過するほどに重しとなってのしかかってくる」みたいなことを話します。狡噛は自分と同じように「復讐」に囚われているテンジンを見て、復讐心に支配されていた過去の自分を思い出しているんです。

そんな狡噛の話を聞いて、テンジンはある夢を見る。それは家族が武装ゲリラに撃ち殺される夢。テンジンは悪夢にうなされて眠れなくなってしまう。その後、テンジンは「狡噛は私のお父さんに似ている」と狡噛に告げます。悪夢も父親もどちらも過去のこと。テンジンは狡噛を通して、過去を見ています。

つまり、2人は互いを見ながら自分の過去を思い出しているのです。お互いが自分の過去を映す鏡になっているわけですね。狡噛はテンジンを見ながら、かつての復讐する前の自分、そして槙島を殺した後の自分を思い出しています。

同じようにテンジンも、狡噛に父の面影を重ねています。互いが互いを通して、自分の過去を見ているのです。狡噛にとってはテンジンが、テンジンにとっては狡噛が過去を映す鏡となって機能しています。

だから、狡噛は自分のこれまでの行為を振り返るようになるし、過去を象徴する槙島の幻影と会話することにもなるわけです。狡噛が過去と向き合うために、テンジンという女の子は不可欠だったと言えるでしょう。

事実、フレデリカと夜中に語り合う場面で、狡噛は「テンジンとかかわることで、自分と向き合うことができた」みたいな話をしていましたよね。テンジンとかかわることで、自分の過ちを意識し始めた狡噛の尻を叩くように、フレデリカが「あなたは、あなたを必要としている人から逃げているだけ」と辛らつなコメントをするわけです。

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』の花城フレデリカの画像

※来場者特典:花城フレデリカの設定資料

これは、狡噛を後押しするセリフですよね。テンジンがきっかけ、フレデリカが後押しするという形で、狡噛が過去と決着をつけることを支えてくれたということです。この人間関係はすごいなぁ。

これは、若干余談ですけどね、狡噛、フレデリカ、テンジンの共同生活を見ていると、まるで疑似家族のようで微笑ましい感じがしました。テンジンが、狡噛とフレデリカの顔を交互に見ながらニコニコしている様子も描かれていて、家族を失ったテンジンにとって、あの空き家での生活に疑似家族的な幸せを感じていたのかもしれませんね。微笑ましいけれど、同時に泣ける話ですよ、本当に……。

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』の魅力③ 「逃走」から「闘争」へ、狡噛慎也が向き合った「過去」とは?『恩讐の彼方に』の引用が絶妙すぎる件!

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』では、何度も「過去」という単語が使われていました。過去とどう決着をつけるのか?その点が今作のテーマの1つになっています。

狡噛の脳内に現れる槙島も「悪霊は過去からやってくるものだ」と語っていましたよね。すでに死んでいるにも関わらず、槙島は狡噛の脳内で生き続けている。狡噛にとって槙島はまさしく過去からやってくる悪霊と言えるでしょう。実はこの過去に蝕まれているという描写は、菊池寛の『恩讐の彼方に』にも描かれています。

www.aozora.gr.jp*1

菊池寛の『恩讐の彼方に』は、江戸時代を舞台にして「復讐」というテーマを扱っています。主人公の市九郎は、中川三郎兵衛の家に仕える召使であったが、主人の妾に手を出し、そのことが主人に発覚してしまう。市九郎は、怒り狂った主人に殺されかけ、抵抗するようにして、逆に主人を脇差で切り殺してしまいます。それから市九郎は、妾のお弓とともに逃亡生活を送ることになります。2人は金を得るために、昼は茶屋を開き、夜は金のありそうな客を殺して金目の物を盗む悪事を働きます。

しかし、ある時、死人の装束をはぐために血眼になっているお弓の姿を見て、市九郎は我に返ります。かつて愛した女性が、人殺しを是認し、あさましくも死体から金目の物をはぎとろうとしている。市九郎は、お弓の姿を見て、自分のしてきた過ちにようやく気付きます。そこで描かれる市九郎の心情は、狡噛の持っている心情に似ている部分があるのです。

そう考え出すと、自分の今までに犯した悪事がいちいちよみがえって自分の心を食い割いた。絞め殺した女の瞳や、血みどろになった繭商人まゆしょうにんの呻き声や、一太刀浴せかけた白髪の老人の悲鳴などが、一団になって市九郎の良心を襲うてきた。彼は、一刻も早く自分の過去から逃れたかった。彼は、自分自身からさえも、逃れたかった。(引用元:菊池寛『恩讐の彼方に』)

印象的なのが「過去から逃れたかった」という心理描写です。市九郎はこの後、人殺しをした過去から逃れるために、物理的に遠いところに行こうとします。人殺しという過去が、悪霊となって市九郎の心を蝕んでいるのです。そして、市九郎はこんなことも語っていました。

どこへ行くという当てもなかった。ただ自分の罪悪の根拠地から、一寸でも、一分でも遠いところへ逃れたかった。(引用元:菊池寛『恩讐の彼方に』)

罪悪感から逃れるために、逃走する。これは、狡噛のとってきた行動とも重なります。シビュラシステムに裁かれるのを避けるというのも逃亡の理由としてはありますが、罪悪感から遠ざかるためという理由もあったような気がするのです。

市九郎は物理的に遠い場所へ行こうとするのですが、どんなに離れても罪悪感からは逃げられない現実に直面します。槙島の言う「過去からくる悪霊」を振りはらうことは容易にはできないのです。狡噛も市九郎と同じように罪悪の根拠地から遠ざかってみたが、結局、人を殺した事実は時間を経るごとにどんどん重たくのしかかってくるようになっています。

過去によって蝕まれるという『恩讐の彼方に』で描かれているテーマが、余計な説明台詞なしに見事に表現されていました。

そして、狡噛は劇中で「過去との決着」という言葉を使っています。それは槙島を殺した過去との決着でもありますが、実は狡噛は劇中の中でもう一つ大事なものに向き合っています。劇中において、狡噛は、常守朱をはじめとする公安局刑事課一係のメンバーたちと向き合う覚悟を持つことになります。

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第1期では、刑事課一係の仲間を見放すような形で狡噛は槙島に復讐を果たしました。あれだけ「行かないで」と止めていた常守の制止を振り切って、狡噛は槙島を殺害しました。こうした一連の行動に対して、狡噛は少なからず、反省しているように見えます。この辺りの心理は、フレデリカに看破されていましたよね。

あいつらも、もう俺のことなんか忘れてる」と狡噛は言っていましたが、フレデリカは「あなたが忘れてほしいって思ってるだけでしょ?」と痛烈な一言を浴びせ、狡噛は思わず「怖い女だ」と言って苦笑する。

狡噛は本当は一係のメンバーに対して申し訳ない気持ちを持っているし、何より彼らのことを心配しているんです。と同時に、都合よく自分のことを忘れてくれたら、俺もあいつらのことで悩まなくて済むのに……。とも思っています。

フレデリカに「必要としている人間から目をそらし、逃げているだけ」とも言われていましたよね。「必要としている人間」とは、当然ながら一係のメンバーのこと。つまりは、過去の殺人や仲間に迷惑をかけたという罪悪感から狡噛は逃れるために、日本という場所から物理的に離れて、仲間や過去から逃走していたわけですね。その点をはっきり言われたことで、狡噛はもう一度仲間に向き合おうと変化していきます。

だから、クライマックスのシーンは、久々にチーム戦でしたよね。傭兵としての狡噛ではなく、狡噛、フレデリカ、ツェリン・グルンの3人が即席チームを組んでガルシアを追い詰めていました。これまで一匹狼だった狡噛が、久々にチームに復帰した瞬間です。これは、日本へ帰って再び一係に加わる前の、ある種のリハビリみたいな役割を果たしているように思います。

しかも、面白かったのは、最終決戦でガルシアが狡噛に放ったセリフです。

お前の生き方は、他人の命を背負ったことがない奴の生き方だ!

このセリフに対して、狡噛は苦虫を嚙み潰したよう顔で「ああ、そうだよ」と返します。顔を歪ませたのは、ガルシアの発言が図星だったからでしょう。ガルシアのこの発言は、先ほど紹介したフレデリカの発言とも重なります。

要するに、狡噛はフレデリカやガルシアの言葉で、自分が一係の仲間から背を向けてきた事実を認識させられたわけです。だからこそ、最後の「日本に、帰ろう」の発言が出てくると言えます。

狡噛は、自分の映し鏡であるテンジンや、仲間から逃げていることを看破したフレデリカと出会ったことで、自分が何から逃げてきたのかを知り、過去と決着をつけ、最終的に仲間のもとへ帰るという選択肢にたどり着いたのです。

こんな誠実な映画、久々に観ましたよ。普通の作品なら、狡噛が日本に帰ってくるまでの過程を、こんなに時間をかけて描かないと思うんですよ。一方、サイコパスでは、狡噛は日本へ帰るまで4年間も時間を費やしています。

遠回りしているからこそ、狡噛の最後のセリフには、納得感がありました。悩みに悩みぬいているから、狡噛の言動に真実味を持つことができるのです。狡噛の微妙な心の変化を省略せずに、時間をかけて描いている点が、本当に誠実だなと感心しました!

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』の魅力④ タバコと拳銃を用いて、狡噛の心情を巧みに表現していた!

先ほども述べましたように、今作のテーマは「過去とどう向き合うか?」です。その過去を象徴するものとして「拳銃」が描かれていました。狡噛はテンジンと空き家で共同生活をしながら、自分の過去と向き合うようになります。

狡噛はふと外側がボロボロに劣化したアタッシュケースを開きます。その中には、拳銃が仕舞われていました。皆さんもお気づきだとは思いますが、あの拳銃はおそらく槙島を撃ち殺したときの拳銃でしょう。

ケースがボロボロになるまで長い間、狡噛はあの拳銃を持ち続けていた。つまり、過去をずっと引きずっていることを、拳銃で表現しているわけですね。槙島を殺したことに関して後悔してはいないものの、殺人という行為そのものに対する罪悪感、あるいは仲間を置き去りにしてきたことに対する後悔などの気持ちが、あの拳銃には乗っかっているのかもしれません。

そう考えると、あの拳銃を、手放したことには大きな意味がありそうです。映画の中で、拳銃はテンジンが持ち出したことで、狡噛の手を離れることになります。狡噛にとって、あの拳銃は過去の象徴です。そして、それを手放すということは、つまり過去との決別を意味します。拳銃を通して、狡噛の心情変化を表現しているということですね。

さらに言えば、タバコも狡噛の心情を表現するのに一役買っていました。今作の狡噛は、とにかくタバコを吸いまくります。ガルシアからタバコをたくさんもらって、少しニコニコしているところは、微笑ましくて、こっちが笑ってしまいました(笑)

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』の狡噛慎也の画像

※来場者特典:タバコを吸う狡噛慎也

まぁ、それはともかく……。

映画において、タバコを吸う行為は、人物が内面に葛藤や悩みを抱えていることを表しています。タバコをたくさん吸う=すごい悩んでいる」ということです。つまり、狡噛は、かなり悩んでいたわけですね。それを言動に現れないように意地を張っているのが、狡噛の魅力的なところでもあります。まぁ、フレデリカには見抜かれてしまいましたけどね(笑)

そして、最後の決戦へ向かう前。狡噛はタバコを吸いながら、またもや現れる槙島の幻影と会話をします。

狡噛、君自身が悪霊なんじゃないのか?」と狡噛を問い詰める槙島。

過去に縛られ、生きる目的を失ってもなお生き続ける悪霊であると、槙島は狡噛に告げるわけです。しかし、狡噛は「俺は違う」と槙島の言葉を否定して、タバコを指で2つに折ります。

この「タバコを折る」という行動が狡噛らしくて実にいいんですよ。すでに説明したように、うじうじ悩んでいることの象徴がタバコです。しかし、狡噛はそのタバコを折るんです。しかも、タバコを折るとともに、槙島の幻影も消え去りました。

これはつまり、タバコを折るという行為によって、槙島(過去)との決別を表しているのです。タバコを吸っているときの過去を引きずった狡噛から、過去を乗り越えた狡噛へシフトする大事なシーンになっています。狡噛の言う「過去との決着」を、タバコで表現しているわけです。狡噛がヘビースモーカーだからこそ成立する、そのキャラクターならではの表現ですよ。

タバコを吸う→タバコを折るという斬新な表現によって、狡噛の心情変化を巧みに描き出していました。本来は内面があまり表に出ない狡噛の気持ちですが、拳銃やタバコを使うことによって、観客にわかるようになっています。小道具の重要性について改めて思い知らされましたよ。狡噛のカッコよさを生かした、最高の演出だったと思います!

『PSYCHO-PASS サイコパス 第3期』はどんな話になるのか?花城フレデリカという謎の人物の正体をどう描くのか?

はい!ということで、『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』の感想は以上になります。

というか、そんなことよりも、まさかのサイコパス第3期の制作決定ですよ!

しかも、今年の10月に放送ですよ!

映画公開の初日に発表するというのも粋な計らいですよね。

www.cinematoday.jp

まぁ、「まさか」ってほど、「まさか」ではないですけどね。Case.2を見終わった段階で、多くの人は「これ続編あるんじゃね?」と思ったはず。花城フレデリカというキャラクターの存在によって、話がだいぶ広がった印象がありましたからね。これは、Case.3だけでは回収しきれないはずと、私も思っていましたよ、ちょっとはね。

さて、じゃあ、第3期、どんな話になるんでしょうかね。新キャラクターも登場するようですが、そちらの情報はまだあまり公開されていませんから、それ以外を材料にして考えてみると、やはり、日本と海外の両方を舞台に一係の面々が活躍するお話になるのではないかと予想されます。

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』の最後、フレデリカは壊れたドローンを調べながら、何者かと通信していました。なんだかドローンの型番を調べているようなシーンでしたよね。後進国で武器をばらまいている組織でもいるんでしょうかね。そうなると『サイボーグ009』みたいな展開も考えられます。世界中で武器をばらまき、紛争の火種を作っている組織との対立みたいな感じですね。

あるいは、シビュラシステムの海外輸出にともなう省庁間の対立など、政治的なテーマが入ってくる可能性もあります。2015年の劇場版サイコパスでも、シビュラシステムを海外へ輸出する事業はすでに展開されていましたし、Case.2でも海外へのシビュラシステムの輸出と厚生省の支配地域の拡大および、その厚生省に対する国防省や外務省の反発など政治的な話が描かれていました。

そして、フレデリカは外務省の人間です。厚生省の管轄ではない省の人間というのがミソですよね。厚生省の動きを阻止するため、あるいは海外勢力の動きへ対応するために、フレデリカは須郷や狡噛をリクルートしているのかもしれません。シビュラシステムが海外へ行くことで生じる様々な軋轢や対立。国際政治色が強くなりますが、このあたりの言及はありそうだなと、個人的には思っています。

まぁ、本当のところは全然わかりませんけどね。とにかく第3期が楽しみって話です(笑)

www.youtube.com

今後もサイコパスは見逃せませんね!

とりあえず、ティザームービーが抜群にかっこいいので、期待大です!

 

『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』は第3期につながるサイコパスシリーズにとって非常に重要な作品でした。テーマ性が非常に濃いので、本当はもっと語りたいことがあります。しかし、それを語っているといつまで経ってもブログが完成しないので、思い切ってかなり今回は省略しました!

分かりづらい箇所も多々あったとは思うのですが、そこは私の筆力不足。申し訳ない。

狡噛慎也のお風呂シーンだとか、フレデリカのお風呂シーンだとか(笑)

魅力的なシーンが多すぎて選別できませんよ、まったく……。

まぁ、一言でいえば、面白い!これに尽きますね。

 

今回はこんなところで、お開きにしたいと思います。

それでは、次回のレビューまで、さようなら~~(*^-^*)

 

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  •  『PSYCHO-PASS サイコパス』の関連記事については、以下をご覧ください。

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*1:菊池寛の『恩讐の彼方に』は青空文庫に掲載されています。人の復讐心について非常に踏み込んでいる作品です。間違いなく感動します。この機会にぜひ読んでほしいです。