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『PSYCHO-PASS サイコパス 3』第8話(最終回)の感想&考察!〝サイコパスらしさ〟とは何か?を再考する。

『PSYCHO-PASS サイコパス 3』第8話の画像
©サイコパス製作委員会
Cubism

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  • メディア: Prime Video
 

最近忙しくてなかなか観る時間が取れませんでしたが、ようやく『PSYCHO-PASS サイコパス 3(以下、「サイコパス3」と表記)を最後まで鑑賞することができました!

まぁ、最後とはいっても、劇場版がありますから、物語自体はここからが佳境といった感じですけどね。

大型輸送機墜落事件」、「ホテル襲撃事件」、「連続自爆テロ事件」と3つの事件を解決しながら、その背後で複数の謎を配置していくという複雑な形式をとった『サイコパス3』。

私は物書きの端くれとして、非常に興味深く鑑賞していたのですが、Amazon Primeのレビューを見てビックリ仰天。なんと星が2.5しか付いていないという……。しかも、全体の41%が星1つという厳しい評価を付けていました。2020年3月22日の時点で、634件という多数の評価を獲得しながら、評価自体は高いとはいえない状況です。

ですが、本ブログでも何度か言及しているとおり、『サイコパス3』はミステリー作品としての高度な技術が詰まっているアニメです。

冲方丁だからこそできる、複雑な伏線の配置とその回収多人数の思惑が絡み合いながらも、1つの事象に集約されていく多層的な物語構成ビフロストという新たなシステム……。こうして見ると、やはり『サイコパス3』は非常に質の高いコンテンツとして成立していると思うのです。

しかしながら、どうにも評判が悪い。

理由としては、おそらくですが、「サイコパスシリーズとして観たときの物足りなさ」を感じている人が一定数いるのではないかと推察されます。

言い換えると、『サイコパス3』をサイコパスシリーズとは関係のない独立した作品として鑑賞すると楽しめる部分は多いが、これをサイコパスシリーズのなかの作品として観ると、「ちょっと違うな……」と感じてしまう部分があるのかもしれません。

つまり、「〝サイコパスらしさ〟をもっとください!」という気持ちを持ったファンが多かったのではないかと推察されます。

そこで、私はこんな疑問を持ちました。

そもそも〝サイコパスらしさ〟ってなんだろう?

今回は、過去のサイコパス作品と比較しながら、『サイコパス3』がどのように他のシリーズ作と異なっているのか、私なりに分析してみようと思います。

ちなみに、私は『サイコパス3』を割と気に入っている派です。「意味わかんねー」とか「視聴者、舐めてんのか!」みたいなことをここで言うつもりは一切ありません。淡々と冷静に分析していきます。

もし、「批判するような内容は見たくない」という場合は、そっとページを閉じていただいてOKです。けれど、「なんで不人気なんだろう?」と疑問をお持ちであれば、少しばかりの暇つぶしになると思いますので、ご覧になってみてください。

 

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自殺が存在しない国

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  • 作者:木島 祥尭
  • 発売日: 2020/09/01
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『PSYCHO-PASS サイコパス 3』第8話(最終回)「Cubism」のあらすじ


TVアニメ「PSYCHO-PASS サイコパス 3」ノンクレジットOP

 「大型輸送機墜落事件」「ホテル襲撃事件」「連続自爆テロ事件」。繰り返される事件の背景に「ビフロスト」という存在があることを知った刑事課一係は、ビフロストの尻尾を掴むために動き出す。外務省行動課は、パスファインダー梓澤を追うことになり、刑事課一係はビフロストの標的とされる都知事・小宮カリナの護衛及び、梓澤の逮捕を目的に行動を開始。

かつて梓澤にキツネとして利用されてしまった如月真緒を囮に使い、一係は梓澤を誘き出そうとするが、炯が訪れた場所にはコングレスマンの1人・法斑静火が待っていた。

法斑は舞子を病院から退院させる代わりに、自分を出口まで護衛するよう、炯に交渉する。炯は法斑の条件を飲み、法斑から渡された端末でID登録を済ませ、インスペクターとなる。

一方、舞子を危険な目にあわせてしまったこと、入国者への締め付けを受け舞子が退院できなくなるなどの事態が重なり、炯との関係が悪化していた慎導灼は、小宮カリナの護衛任務についていた。

同じころ、「この国の正義について」取材を進めていた六合塚弥生は、現在、刑事課一係が追っている事件と、旧・刑事課一係が追っていた事象との関連性について考え始めていた。その矢先、車を運転中の弥生の上からクレーンに吊るされた鉄骨が落下。弥生は車中で意識を失ってしまう――。

『PSYCHO-PASS サイコパス 3』第8話(最終回)の感想&考察 第8話を観ながら改めて考えた〝サイコパスらしさ〟について

みなさんが考える〝サイコパスらしさ〟とは何でしょうか?

千差万別だとは思いますし、どれが正解とか特にないと思いますけれど、私の見解を申し上げるとするならば、「善人も悪人も自分の思想を持っている」という点が〝サイコパスらしさ〟の根幹を支えていると思います。

小説 PSYCHO-PASS サイコパス (上)

小説 PSYCHO-PASS サイコパス (上)

 

この点は、一般的なアニメ作品と異なる特徴であると言っていいでしょう。もちろん、『サイコパス』以外の作品でも、キャラクターが動機についていろいろと語る場面は多いですが、思想や哲学について語ることは稀です。

一方、『サイコパス3』では、狡噛をはじめ、槙島、常守、宜野座など……各キャラクターが自分なりの思想を持っています。そして、各々の思想と哲学が摩擦を起こし、対立が生まれドラマに発展していきます。そのため、単なる謎解きに終わらない奥行きのある作品になっているわけです。ただし、議論として終始するのではなく、エンターテインメントとしてのバトルやミステリーも同時に展開しています。

つまり、思想的対立と物理的対立の両方を楽しめる作品となっているわけですね。殴り合いながら思想を語る面白さと言えばいいでしょうか。第1期のラスト、狡噛と槙島が闘うシーンは、まさに思想的対立と物理的対立が同時に行われるアツい展開でしたよね。

〝サイコパスらしさ〟その① 悪役が動機だけでなく哲学を持っている

「思想を持つ」という点については、狡噛や常守だけでなく、悪役にも共通しているポイントです。槙島に影響されて犯罪を犯す悪役は、必ず悪役なりの歪んだ思想を持っていましたよね。人殺しをゲームとして考える、あるいは、芸術として考えるなど、出てくる悪役がそれぞれに独自の哲学を主張していました。

その点は、第2期の鹿矛囲桐斗も同じ。「WC」というメッセージを投げかけていることから分かるとおり、社会に対する明確な思想を持っていました。こうした理屈を持っているがゆえに、『サイコパス』の悪役に単に感情移入するだけでなく、同時に何かを考えさせられてしまうところがあるわけです。「奥行きのある悪人」と言ってもいいでしょう。

それでは「悪役の思想」という点において、『サイコパス3』はどうだったでしょうか?

『サイコパス3』は、ミステリーとしての完成度が高かったものの、本編中、悪役が自分の思想を語る場面は、ほとんど描かれていなかったように思います。それも仕方がないといえば、仕方がないのです。

というのも、『サイコパス3』は、話の構造が非常に複雑で、伏線の数も多いため、ミステリーとしての情報を提示し回収するだけで、尺が限界を迎えてしまうのです。特に三郷ニュータウンから始まる連続自爆テロ事件は、登場人物が多く、謎や事件の数も多かったため、思想を語るような余裕はなかったはずです。

そのため、『サイコパス3』の悪役について動機は理解できるものの、『サイコパス』の悪役ならではの独自の思想や哲学が伝わってこないため、サイコパスファンからすると、「うーん……」と腕組みしてしまうところがあるのでしょう。

また、『サイコパス3』の悪役が語る動機は極めて筋が通っていますが、第1期で顕著だった犯罪者それぞれの「頭のおかしさ」は抑えられていましたよね。

元々、サイコパスとは、潜在的犯罪者のことですから、真っ当(平凡)な動機による犯罪というよりは、「独自の思想に基づく歪んだ動機による犯罪」のほうがしっくりきます。

PSYCHO-PASS サイコパス2 スクエア缶バッジ 03.東金朔夜

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その点で言うと、『サイコパス3』では、梓澤を除く悪役のほとんどが独自の思想や歪んだ動機を持っているように見えませんでした。つまり、『サイコパス』というタイトルでありながらも、サイコパス的な「頭のおかしい犯罪者」が少なく、逆に「真っ当(平凡)な犯罪者」が多くなってしまっているわけです。

これも〝サイコパスらしさ〝を感じない要因の1つになっている可能性があります。要するに、「頭はいいけど、頭がおかしい悪役をもっとちょうだい」ということですね。「黒く染めてやる」みたいなことを言う人ですね。

ただ、個人的には『サイコパス3』の梓澤は、かなりいい感じの悪役感を出していると思いますし、『サイコパス3』のなかで一番好きなキャラクターですね。

第8話では、梓澤が『くるみ割り人形とねずみの王様』を読みながら、今の自分にとっての敵と小説内の描写を重ね合わせて語る場面は、「ああ、これこれ、サイコパスらしいやつ」と純粋に感じました。

そもそも、第1期で衝撃的だったのが「悪役が本を読む」という点です。知識を持つがゆえに社会に順応できない「孤独な知識人」というところが悪役として非常に魅力的でした。本を読む点は狡噛も共通していますが、知識を用いながら自分の状況や、相手の心理状態を推理する部分は極めて、『サイコパス』らしいシーンですよね。

以前、爆笑問題のラジオに虚淵玄がゲスト出演した時に、「哲学とかの知識は、共同脚本の深見さんからもらってるんです」みたいな発言をしていたので、今回の『くるみ割り人形とねずみの王様』も深見真の仕掛けたものだと推察されます。

やっぱりいいですねぇ、深見さんの知識と物語をシンクロさせていくあたりの絶妙なさじ加減。『サイコパス3』でもこの技をもっと見たかった人は、もしかしたら結構いたかもしれませんね。

〝サイコパスらしさ〟その② サイガパス

 「サイガパス」と聞いて、ピンとくる人はどれだけいるでしょうか?サイコパスファンなら、サイガパスと聞いた瞬間に、あの知的な教授の顔が目に浮かぶはず。そう、サイガパスとは、話した相手の色相を濁らせることで知られる雑賀教授のことをさす言葉です。

それにしても、雑賀教授ってどうなったんだろう?

第1期、第2期、そして劇場版にも登場した雑賀教授ですが、そういえば第3期には出てきていませんよね。実は、この雑賀教授の存在が〝サイコパスらしさ〟を支える重要な要素であると私は考えています。

雑賀教授といえば、非常に知識が豊富で観察力に優れた人物です。ゆえに、雑賀教授が話す場面では、ミステリー的な推理だけでなく、自然と哲学的な話題も出てくることになります。

第1期では、狡噛が槙島のもとへ向かう前、雑賀教授の自宅へ寄って2人で会話するシーンが印象的でしたね。槙島の目的を推理するために、マックス・ウェーバージェレミ・ベンサムなどの哲学者の言葉を引用しながら、「槙島ならこう考えるはず」と推理を展開していく場面。

権力と支配 (講談社学術文庫)

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あれって、よく考えると凄く斬新ですよね。普通なら、「~という証拠が見つかったので」とか「~という容疑者の経歴から考えて」みたいに、手元にそろった手がかりをヒントに推理を展開しますけど、『サイコパス』では、それに加えて、思想的な推理も行われるのです。現場の証拠だけでなく、知識を使って犯人の思想に迫る。この点は、『サイコパス』ならではの魅力だといえます。

第2期でも、雑賀教授は分析官として大活躍でしたよね。特に「全能者のパラドックス」について常守と話すシーンは、第1期の狡噛とのやり取りを思わせる知的な場面でしたね。

#9 全能者のパラドクス

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  • 発売日: 2015/12/18
  • メディア: Prime Video
 

現場の証拠だけでなく、思想的な観点から敵を推理する点は第1期と共通している部分です。こうした思想的な推理のきっかけとなるのが、雑賀教授なのです。それは、第1期でも第2期でも同様にいえる話です。

しかし、第3期にはこの雑賀教授という思想的推理をおこなうためのキーマンが出てきません。雑賀教授の不在は、『サイコパス』の作品性を維持するという観点から考えた時に、少し響いた部分かもしれませんね。

また、第1期では、槙島聖護がスウィフトフィリップ・K・ディックジョージ・オーウェルパスカルなどの著作から言葉を引用しながら、自らの思想を語っていました。

雑賀教授といい、狡噛といい、槙島といい、主要人物が哲学者として存在している点が『サイコパス』の面白いところです。

では、こういった哲学語りにはどのような作劇上の効果があるのでしょうか?

おそらく、「知的な情感を生むことで、視聴者を作品世界に没入させる効果」があったものと思われます。これは、押井守監督も劇中によく取り入れる手法で、著作物からの引用を入れることで、セリフによる口語では表現できない、文語ならではの独特な言い回しによって、ゆったりとした時間の流れや世界観を表現する効果があると推測されます。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』『イノセンス』がいい例ですね。

こうした引用は、いわゆる緩急の「緩」の部分の役割を担っていると考えられます。事件を追ってばかりいると、視聴者は「急」のなかで疲れてしまうので、休憩する場面が必要です。そんな時に、思想的推理のシーンは非常に有用といえます。

思想的なやり取りのおかげで、視聴者は知的な雰囲気に浸りながら、同時に劇中の状況を整理することができます。「余白」と呼んでもいいかもしれませんね。単に謎を解くのではなく、具体的な事柄とは少し離れた抽象的なところで思想を語り合うことにより、視聴者がゆったりと作品について考える「余白」を残しているのでしょう。この余白のおかげで、作品世界への没入感が味わえるのかもしれません。

例えば、 『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』深見真が脚本を担当しているため、著作の引用や思想語りで余白を作り、観てる側を作品の世界観に没入させるような場面が至る所に見られました。

菊池寛の『恩讐の彼方に』を引用したり、槙島の幻影と会話したりするシーンはその代表例です。こうした要素が盛り込まれていたため、 『PSYCHO-PASS サイコパス SS Case.3 恩讐の彼方に__』は、独特な雰囲気の漂う作品になっていました。

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あれは完全に、深見真の技で、それは第1期でも惜しみなく発揮されていましたよね。

では、『サイコパス3』がどうだったかというと、この哲学問答や著作の引用などによる、いい意味での「余白」や緩急の「緩」の部分が、正直、少なかったように思います。

事件の状況を整理するタームはたくさんありましたが、思想について語り合うところはちょっと少なかったかもしれません。この点も〝サイコパスらしさ〟を感じない原因だったのかもしれませんね。

〝サイコパスらしさ〟その③ 実は主犯が明確

サイコパスシリーズでは、主犯が前半部分ではっきりと示されています。これは、〝サイコパスらしさ〟というよりも、これまでのシリーズ(特に第1期、第2期)と『サイコパス3』との違いと言った方がいいかもしれません。

第1期でも、第2期でも『サイコパス』には、様々な犯罪者が登場しますが、主犯は序盤で明かされていますよね。槙島であれ、鹿矛囲であれ、主犯となる人物ははっきりしています。

哲学的な会話が多いので一見複雑な話に見えますが、話の構造自体は実は分かりやすくできています。簡単に言うと、まず槙島や鹿矛囲という主犯が存在し、彼らに影響を受けた人物が各地で事件を起こし、各事件を常守たちが捜査するなかで、主犯の存在に近づいていくという構造です。

このように『サイコパス』は、実はかなり分かりやすい造りをしている作品なのです。いち視聴者として観たときには、やはり追うべき相手や物語全体の目的がはっきりしていたほうが、お話を理解しやすくなりますよね。

その点で考えると、『サイコパス3』は新しい挑戦として、話の構造自体を複雑にしているため、視聴者がどこに焦点を絞って観ればよいのか分からなくなり、置いてけぼりにされてしまうという難点があります。

  • 梓澤がラスボスなのか?
  • 代銀がラスボスなのか?
  • 法斑がラスボスなのか?
  • ラウンドロビンがラスボスなのか?

槙島や鹿矛囲のように全体の舵取りをしている人間が明確であれば、話を追いやすくなるのですが、『サイコパス3』は誰が舵取り役なのか分からないまま話が進みます。

さらに、基本となる謎が多いのも『サイコパス3』の特徴です。

  • 灼と炯の過去
  • 慎導篤志の死の真相
  • ビフロストの真相
  • 局長の名前が変わった理由
  • 外務省行動課の目的
  • パスファインダーとは何か
  • 常守が幽閉されている理由

とにかく謎が多い。

複数の大きな謎を走らせて、それらを無駄なく回収していくのは至難の業です。ゆえに、これは冲方丁だからこそ為せる神業だと私は思いますし、これらの謎を劇場版で回収してくれるはずなので、それが私は楽しみで仕方がないです。

しかし、同時に「謎多すぎない?」と思う人の気持ちも少し分かります。

謎の数については、第1期と比較してみるとよく分かりますよね。第1期が凄まじかったのは、「シビュラシステムって何?」という大きな謎があり、その真相がまたもや衝撃的だったからなんですよね。

つまり、第1期はほとんど一発勝負なのです。大きな謎を1つだけ、ドカンと用意しているので、焦点が定まりやすく、第1期は視聴者としてかなり観やすい構造になっていました。

そこと比べると、『サイコパス3』は明らかに謎を増やしているのが分かると思います。これは「今までと違うことをやろう」という挑戦の1つだと私は思うのですが、第1期で熱狂した人からすると、「なんだか、分かりづらいなぁ」という印象を持ってしまう可能性もあります。

「主犯が1人で、大きな謎が1つ」という構造的な分かりやすさが第1期の特徴で、「その真逆のことをしてみよう!」という試みが第3期だったと考えると分かりやすいかもしれませんね。

『PSYCHO-PASS サイコパス 3』第8話(最終回)の感想&考察のまとめ


『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』本予告

今回は、これまでのサイコパスシリーズと『サイコパス3』を比較しながら、〝サイコパスらしさ〟とは何かについて改めて考えてみました。

みなさんは、どういうところに〝サイコパスらしさ〟を感じますか?『サイコパス』に惹かれた理由などありましたら、ぜひコメントに書いてみてくださいね。基本的にコメントは全てに目を通しているので。

さて、それでは最後に、本記事の内容について簡単にまとめておこうと思います。

  • 〝サイコパスらしさ〟の中核に「善人も悪人も自分の思想を持っている」という特徴がある
  • サイコパスシリーズは、思想的対立と物理的対立の両方が楽しめる
  • 〝サイコパスらしさ〟その① 悪役が動機だけでなく哲学を持っている
  • 〝サイコパスらしさ〟その② サイガパス
  • 〝サイコパスらしさ〟その③ 実は主犯が明確
  • 『サイコパス3』の悪人(梓澤以外)には、これまでのシリーズの悪人が持っていた「独自の思想に基づく歪んだ動機」があまり見られない
  • 哲学問答や名著の引用などによって、世界観に浸るための「余白」や緩急の「緩」が生まれているところがサイコパスシリーズの魅力の1つ
  • 哲学問答や名著の引用には、「知的な情感を生むことで、視聴者を作品世界に没入させる効果」があるのではないか?
  • 『サイコパス3』は、これまでのシリーズ作と比べて、主犯と目される人物が多く、注目すべき謎が多数あるため、焦点を絞りづらい印象があった
  • 「主犯が1人で、大きな謎が1つ」という構造的な分かりやすさが第1期の特徴で、「その真逆のことをしてみよう!」という試みをしたのが第3期

第3期の放送が終了し、3月27日から2週間限定で『PSYCHO-PASS サイコパス 3 FIRST INSPECTOR』が上映されます。いろいろな思いをお持ちかもしれませんが、みなさん観ましょうね。私も確実に観ますから。

「伏線残しすぎだろ」と言いたくなる気持ちも分かりますが、でも、考えてみてください。その残しすぎな伏線、山ほど回収されていない謎が、劇場版で綺麗に回収されていったら、それはそれで気持ちよくないですか?

テレビ版で残した多くの謎を、どう回収するのか、少なくとも私は楽しみで仕方がない状態です。ひょっとしたら劇場版を観てから、『サイコパス3』全体を振り返ったら、今は感じていない魅力に気づけるかもしれません。

別に、回し者でも何でもないですが、ぜひ劇場へ足を運んでみてくださいね!

 

はい。それでは、今回はここまで。次回のレビューで、またお会いしましょう!

さようなら~~(^^)/

 

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  •   『PSYCHO-PASS サイコパス』の関連記事については、以下をご覧ください。

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