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『さらざんまい』第10話の感想・ネタバレ考察!欲望と愛が割れた世界で、欲望と愛をつなぐ陰陽論!

『さらざんまい』第10話の画像
©イクニラッパー/シリコマンダーズ

「さら~、さら~、さらざんまい!」

ついにレオとマブが「さらざんまい」で、互いの意識を共有することに成功!しかし、その先に、あんなに悲劇的な結末が待っているとは……。意外な展開だらけの第10話でしたね。

第10話は、これまでひた隠しにされてきた秘密が次々と開示される激動の回でした。レオとマブが実はカッパで、ケッピの臣下だったこと。マブは偽物ではなく本物だったこと。これらの情報が一挙に明かされました。

ドラマ的にも、テーマ的にも、非常に重要な第10話。今回も簡単な感想と考察をネタバレありで書いていきます!記事が長くなりがちな当ブログですが、本記事は短くまとまるよう努力します!

『さらざんまい』第10話「つながりたいけど、つながれない」のあらすじ

余命いくばくもない燕太を助けるべく、希望の皿を取り戻すための作戦会議をしていた一稀たちだったが、突如飛んできた弾丸によってケッピはレオに捕らわれてしまう。レオに連行にされるようにして、一稀、燕太、ケッピの3人はスカイツリーの中に移動する。

マブの記憶がカワウソに読み取られ、希望の皿の存在を知られてしまったことにレオは激怒し、マブに詰寄る。その隙をついて、一稀たちはレオから逃れて希望の皿の在り処に急ぐ。

スカイツリーの最深部には、黒ケッピが 捕らえられていた。黒ケッピの正体は、戦乱の最中絶望に飲まれそうになったケッピから分裂したケッピの「絶望」だった。

希望の皿を取り返そうとする一稀たち。しかし、そこへ現れるカワウソ。カワウソは燕太の心に入り込み、一稀の姿に化けて燕太が持っている希望の皿を差し出すように仕向ける。だが、燕太はカワウソの誘惑を振り払い、希望の皿を1枚割ってしまう。

遅れて現れたレオは残りの希望の皿を手に入れる。そのとき、最深部に落ちてくるマブの姿がレオの眼球に映る。マブは自分から望んで、カパゾンビになってしまったのだ。

「わけがわからない」 と困惑するレオ。レオはマブの心を理解するために、カッパに変身しマブの尻子玉を抜くことに成功する。そこで、初めてレオはマブの本心を知ることになるのだった――。

『さらざんまい』第10話の考察① カワウソ=科学、マブ=現代人

マブが隠していた事実は、レオにとって衝撃的なものでした。 マブはカワウソ帝国の科学力によって生き返りました。カワウソはある条件をマブに突きつけます。「レオに愛の言葉を告げた時点で心臓が止まる」というあまりにもマブにとって、それは苦しい条件でした。しかし、マブはレオと一緒にいるためにも、カワウソの条件を受け入れることになりました。

ここから分かるのは、やはりカワウソは科学が持っている負の面を象徴した存在だということ。科学が人の心を支配してしまうこともある、という恐ろしい事実を観客に突きつけているように思えてなりません。そして、そのカワウソによって操られてしまったマブは、科学に心を支配された現代人を表しているようにも見えます。

マブの心臓は機械仕掛けになっており、この点からも、まさに心を科学に支配されたことを暗示していると言えるでしょう。

また、カワウソはマブを人形のように扱っています。「人形焼きを焼いておくれ」というカワウソのセリフには、「私の人形でい続けてくれ」という意味も込められているものと考えられます。マブはカワウソ(=科学)によって、心を骨抜きにされ、人形同然の存在にされてしまったのです。

カワウソ=科学と考えると、文明の象徴であるスカイツリーに潜伏していることにも説明が付きます。文明と科学はリンクしてくる部分ですし、スカイツリーを文明の勃起と考えれば「欲望」という点でもリンクしてきます。つまり、カワウソ≒スカイツリーという図式が成り立つのです。

カワウソの「つながりは毒だ」という言葉も印象的でした。確かに、カワウソ=科学によって、私たちの生活は豊かになりましたが、その一方で、テクノロジーが発達したことによって、人とのかかわりをなくし、自分の殻に籠っている人も増えています。

あらゆるコンテンツの登場によって、誰ともつながらずに、自分だけで完結できる世の中になっています。つまり、カワウソ=科学によって、つながりが断たれている面もあるわけです。このように、カワウソとマブの関係性には、現代批判的なものも含まれているように思います。

しかし、重要なのは、カワウソに従っていたマブは、それでもレオと、つながりたいと思い続けていた点です。「レオと一緒にいたい」という欲望を捨てなかったからこそ、最後の最後にレオに自分の本心を告げることができました。

レオとマブ~ふたりはさらざんまい~ (バーズコミックス ルチルコレクション)

レオとマブ~ふたりはさらざんまい~ (バーズコミックス ルチルコレクション)

 

マブのセリフに「欲望を手放すな」とあった通り、欲望を捨てない限り、もう一度誰かとつながることができると、マブは私たちに教えてくれているように思います。

カワウソ=科学に操られても、「誰かとつながりたい」という欲望を捨てなければ、自分を保つことができ、なおかつ、いつか「さらざんまい」のように、自分の欲望と他者の欲望がつながることがあるかもしれません。

「欲望を手放すな」という何度も出てくるフレーズには「科学に惑わされても、欲望を持っていれば、誰かとつながれる」という意味が込められているのだと思います。

欲望=悪と考えがちですが、今作『さらざんまい』では、必ずしも悪いものとして扱われているわけではないようです。もちろん、カワウソやカパゾンビのような極めて悪い欲望も存在しますが、その一方で、誰かとつながるための善なる欲望もまた存在しているように感じます。欲望の持つ陰と陽が表現されているのかもしれませんね。

レオとマブの「さらざんまい」を見て、機械仕掛けの心になってしまった私たちでも、まだ誰かとつながれるのではないかと、希望を持つことができました。

とはいえ、レオのラストは悲しいものでした。銃で撃たれ「胸が痛い」と言って倒れるシーンは、「お前は俺のマブじゃない」とレオに言われたマブが「痛い」と言いながら胸を押さえるシーンと重なります。

レオはマブの存在を忘れながらも、最後の最後にマブの痛みを理解したのかもしれません。「痛み」によって、彼らは最期につながったのかもしれませんね。

『さらざんまい』第10話の考察② 愛と欲望の陰陽論

以前から当ブログでも述べてきたように、やはり『さらざんまい』という作品の根底には陰陽論の思想がありそうです。とくに陰陽論をはっきり感じたのは、黒ケッピとケッピの関係性。黒ケッピがケッピから分裂した存在だというのは、見事に予想的中でしたね。

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黒ケッピはケッピから分裂した「絶望」の象徴。そして現在のケッピは希望の皿を生み出す存在。白と黒、希望と絶望、両者は対になっています。それこそ、まるで太極図のように。

この陰陽論は、ケッピだけでなく、欲望と愛についても当てはまる思想です。第10話で、春河と吾妻サラが陰陽論にかかわる非常に重要な会話をしていました。

春河「王子様は僕に、「欲望か愛か選べ」って言うんだ。でも、僕は怖かった。選んだらまあるい円が壊れちゃうんじゃないかって」

サラ「この世界は今、再び試されようとしています。つながっているのか、つながっていないのか」

(引用:『さらざんまい』第10話より)

春河は「欲望か愛か選べ」と言われたとき、それを「怖い」と感じました。選んだら円が壊れてしまうとも言っています。欲望と愛のどちらか一方だけでは、つながりは成立しないということを、春河は語っているのです。

「誰かとつながりたい」という欲望がなければ、そもそも関係性が生まれないし、関係性が生まれなければ愛も発生しない。欲望と愛は、まるで光と影、陰と陽、希望と絶望と同じように、対となっており、2つで1つの円を作り出しているのです。

そこから考えると、あの「ア」という記号の意味も見えてきます。毎回、オープニング前のアバンで出てくる「ア」のマークは、周辺に「TUNAGARITAI」と書かれています。「つながりたい」はまさに「~したい」という「欲望」を表す言葉ですよね。そして、その中心にある「」は「」を意味しています。

つまり、あの「ア」という記号には、「欲望」と「愛」の両方が含まれているわけです。さんざん劇中で出てきた「未来は欲望をつなぐものだけが手にできる」という言葉の意味を、「ア」の記号はそのまま表していたと言えます。「TUNAGARITA」という欲望が、円を描いてつながっているわけですからね。

欲望と愛の二律背反を『さらざんまい』では描いているのかもしれません。

『さらざんまい』第10話の感想・ネタバレ考察のまとめ

それでは、最後に『さらざんまい』第10話で気づいた点について、簡単にまとめます。

  • カワウソ=科学&欲望、スカイツリー=文明&欲望、このように考えると「カワウソ≒スカイツリー」の関係性が見えてくる
  • カワウソによって心を支配されているマブの姿は、科学によって心を支配されている現代人と重なる
  • 欲望を持っていれば、科学に惑わされても、もう一度誰かとつながることができる
  • レオとマブは「痛み」でつながったのかもしれない
  • 黒ケッピとケッピから分かるように、『さらざんまい』は陰陽論の思想をベースにしている可能性が高い
  • 欲望と愛は二律背反の関係性である
  • 「ア」という記号には、「TUNAGARITAI」という「欲望」と「愛」の両方が含まれている

さて、いよいよ次回は『さらざんまい』の最終回です!絶望に飲み込まれてしまった久慈はどうなるのか?最後にもう一度3人で「さらざんまい」するのか?キーホルダーみたいに変形したレオとマブはどうなるのか?いろいろ楽しみな要素がいっぱいです。さっそく観て、すぐにでも感想を書こうと思います!

今回のレビューはここまで。

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また次回のレビューで、お会いしましょう!さようなら~~(^^)/


「さらざんまい」予告| 第十一皿

『さらざんまい』各回の考察記事については、以下をご覧ください。

 

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